『暗号解読』 サイモン・シン


先日のこと、久しくおぼえたことのない新鮮な興奮を味わった。
『【ネットのちから】亡くなった叔父さんの日記が暗号で書かれてて読めないけど誰か!?→解読完了!#叔父日記暗号』というツイッターだ。

#叔父日記暗号

内容を要約すると、暗号で書かれた亡き叔父の日記の解読依頼をツイッターに寄せたところ、言語や統計、記号論理に興味をもつ何人かの知の集合によってわずか一晩のうちに解読されたというもの。リアルタイムではないものの、解明にいたるまでの300余りのツイートをたどると、まるでミステリの謎解きの現場に立ち会ったような興奮につつまれる。

それに触発されて、「暗号」にまつわる本を読んでみようと思い立った。真っ先に思い浮かんだ『エニグマ奇襲指令』(マイケル・バー・ゾウハー)は以前読んだことがあって、「まあ面白かった」というくらいの記憶しかないので今回は読み返すことはしない。一年ほど前に『暗号解読事典』という大作がどこかに紹介されていた記憶があるが、たしか五千円ほどしたはずだから根がケチな僕は今回は見送りにする。ほかにないかとあたっていると、新潮からそのものズバリの『暗号解読』というタイトルの文庫本が出ているので迷わずこれに決めた。

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結果を言えば、これが大正解でした。こんなに面白いノンフィクションに出会ったのは、最近では『ナチを欺いた死体』以来のことだ。十年以上も前に日本語翻訳版が出た本書は、刊行当時おそらくかなりの評判を呼んだにちがいないだろうから、ここであらためてあれこれ言うのは何をいまさらとあきれられて当然ですが、無知と傲岸を承知のうえで書きとめておくことにします。

難解なことを難解に紹介した解説書は世にあふれている。それと同様に、単に暗号開発と解読の歴史を克明にたどっただけならば、或いは暗号の論理構造を微に入り細に入り述べただけにすぎないならば、それこそ世に蔓延しているつまらない解説書かムック本の類と何ら変わらないことだっただろう。本書がそれらと似て非なるところは、本質的な部分まで理解した人のみができるわかりやすい言葉で表現されていることと、それらがたまらなく興味深いエピソードの数々とともに紹介されていることで、全く退屈をおぼえる暇がない。

それらの一部をご紹介すれば、16世紀末、イングランドのエリザベス女王の暗殺を企てたとして断頭台の露と消えたスコットランド女王メアリーをめぐる暗号の物語。近いところでは、第一次大戦で苦渋を舐めたドイツが威信をかけて開発した解読不能暗号機エニグマをめぐる暗闘の歴史。そして、いまも謎にみちた19世紀初期アメリカ西部に隠された莫大な金銀の場所を書き残したビール暗号の顛末。
さらに、時間という壁に隔てられた崇高な暗号、古代文字解読の歴史。有名なロゼッタストーンに刻まれた古代エジプト文字ヒエログリフや、紀元前一千年以上をさかのぼるギリシャ先史時代の線文字Bの解読をめぐるあれこれ。
そして、現代の公開鍵と個人鍵による情報セキュリティの確保は、だいぶ前に少し勉強したことがあって大体はわかっていると思っていたが、それが上っ面の理解にすぎなかったことを今回あらためて思い知らされるほどだった。

最後に公開鍵と個人鍵という概念を発見した三人のひとり、マーティン・ヘルマンの言葉を引いておきます。

・・・・・愚か者になる覚悟はできていました。オリジナルな研究をやるということは、愚か者になることなのです。諦めずにやり続けるのは愚か者だけですからね。第一のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアはこける。第二のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもこける。九十九番目のアイディアが湧いて大喜びするが、そのアイディアもこける。百番目のアイディアが湧いて大喜びするのは愚か者だけです。・・・・・コケてもコケても大喜びできるぐらい馬鹿でなければ、動機だってもてやしないし、やり遂げるエネルギーも湧きません。神は愚か者に報いたまうのです。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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