『蜜蜂の罠』 フランク・パリッシュ


舞台はロンドンから西へ300キロ余り、イングランドはドーチェスター州の片田舎の村。古くからの貴族の所有する広大な猟場の片隅に暮らすダン・マレットは、密猟者であり、ときには盗みも働く小悪人だが、透きとおった青い瞳をもつ女好きの憎めない男だ。そんな裏の顔をもつ彼は、普段は方言丸出しの間抜けな田舎物を演じているが、かつては優秀な成績で奨学金をとり、大学修了後キャリア銀行員として将来を嘱望された過去をもっている。そんな彼を生まれ育った田舎暮らしへドロップさせたのは、森と川の密猟(漁)を好んだ父親の血にあらがえなかったせいであり、野鳥が鳴き、川鱒がとび跳ねる森の生活がなによりも好きだったからだった。かくして彼は母親が暮らす森の家に帰ってきた。

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 一見現代のおとぎ話のように思えなくもないが、先だって読んだ『おだまり、ローズ』という回想記でも、場所はヨークシャーとさらに田舎だが、著者の父親は貴族が所有する広大な森での密猟が重要な副業であり、キジ肉などは一家の貴重な食料源でもあったという。このミステリーの時代である二十世紀後半にもまだ密猟は生きていて、ほかの何ものにも代えがたい密かな愉しみだったということを妙に納得させられる。
本書は、そんな「イングランド西部で一番巧妙かつひそやかな夜行人」、ダン・マレットのシリーズ第二作目です。

子供相手のポニー乗馬学校を営む老ハドフィールド姉妹の前にあらわれたのは、五十年前のこの土地の持ち主の息子エディ・バーチという男だった。「値段に糸目はつけません。この土地を売ってほしい」。紳士然とした物言いで老姉妹に額を示すバーチだったが、すげなく断われた途端に卑劣で冷酷な牙をむきだしにしてきた。一方、ダンはといえば、盗んだ上等のポニーを首尾よく姉妹に売った経緯があることから、このままでは自らの盗みが警察にバレてしまいかねない。窮地に陥ったダンは、自らの危機を脱すべくエディ・バーチと対決するはめに・・・・・。

九月末といえば霜が降り初めるというイングランドの森は、そんなに居心地のいい場所ではないはずだ。実際、じめじめと湿った森はこのうえなく肌寒く、暗い。おまけに、ところかまわず生い茂るイバラで着衣はボロボロ、手足は血だらけといった有様だ。そんな森の暮らしのどこがいいのか、そこに生まれ育った者以外には決して理解できない土の匂いや木々の香り、そして空の色がそこにはあるのだろう。密猟という、言葉は悪いけれどもちょっとだけ「森の分け前」をいただくといったニュアンスの、罪悪感のかけらもないところがあっけらかんとして実にいい。スコットランドではウィスキイ造りの際、オークの樽から揮発する目減り分を「天使の分け前」と呼ぶそうだが、それと似たような感じと思えばいいのだろう。現代社会で横行している手当り次第の乱獲とは似ても似つかぬ豊かで自然な暮らしがここにある。

と、ここまで書き進んできて、そういえばこれに似た暮らしぶりがかつての日本にもあったことを思い出した。かつての日本にもあった山の暮らしぶりのあれこれは、ゼンマイ採り、シカ猟、漆掻きなど山で生きる人びとの姿を活写した『山の仕事、山の暮らし』(高桑信一)、あるいは渓魚釣りをなりわいとして古くから山に棲む人びとの暮らしを伝えた『職漁師伝』(戸門秀雄)にそれらをうかがうことができる。いずれも正真正銘の得がたい本だ。

さて、いつものことだがいつのまにか話は横道にそれて、ミステリーとしての読後感はついおろそかになってしまった。土地乗っ取りをたくらむ一味との対決では、もちろん密猟の腕が最大限に発揮されているし、タイトルの「蜜蜂の罠」が決定的な決め手になっていて、決して大上段で派手なアクションじゃなく小技を生かした小気味のいい闘いが描かれている。英国ミステリーには、アンドリュウ・ガーブとか心地いい読後感に浸らせてくれる作家が何人かいて、さすが読者を愉しませる技にたけたオトナの国のミステリーだなといつも思う。
この作家が出てきた当時はそれなりにブレイクする予感がしたのだが、シリーズ四冊を出した後パッタリと噂を聞かなくなってしまったし、作品を眼にすることもなくなった。残念なことだ。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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