『暗い鏡の中に』 ヘレン・マクロイ


長年、ひっそりと本棚の隅に居続けていた一冊です。同じような境遇の本には、『狙った獣』、『スイートホーム殺人事件』、一連のジョルジュ・シムノン作品などがある。買ったときにはもちろん何かきっかけがあったのだろうが、そんなことなどきれいさっぱり忘れてしまったし、そのまま二十年以上が過ぎてしまったというのが正直なところだ。ただ、隅とはいえ本棚からはずさなかったということは、いつかは読もうと思っていたあかしでもあります。

謹厳な女子校の新任教師フォスティナは、突然一切の理由も告げられずに解雇を言い渡された。彼女に同情した同僚教師ギゼラは、恋人の精神科医ベイジル・ウィリングに調査をもちかける。まるで亡霊を見るような恐怖と嫌悪の眼差しを彼女にむける周囲の人びとの重い口が開かれたとき、信じられないようなその理由が明らかになってゆく。何人かの人びとが、同じ時刻に異なった場所で、二人のフォスティナを目撃していたというのだ。

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(手持ちの本は東京創元推理文庫ではなく、ハヤカワミステリ文庫版です)

天涯孤独の女性フォスティナの身辺を洗い出していくウィリングの前に、思いもかけず埋もれた過去が姿をあらわしてくる。唯一彼女を知る財産管理人兼弁護士のワトキンズを訪ねたウィリングに知らされた事実は、物語の転回を告げる。

 「彼女の生い立ちはそんなに複雑なんですか」
ワトキンズは眉を寄せ、あたかも唇の求心力によって精神を集中しようとしているかのように、それを丸くすぼめた。
「あの不幸な子は、フォスティナ・クレイルは、私生児なのです。彼女の母は―――そのような女を“世界最古の職業”とはじめて呼んだのは、キプリンでしたかな。(中略)もっと正確にいえば、ニノン・ドゥ・ランクロの偉大な伝統を受けついだクルティザンだったのです」

重要な鍵は、この会話に出てくる「ニノン・ドゥ・ランクロ」或いは「クルティザン」にあるのだが、浅学な身にはチンプンカンプン、何のことやらさっぱりわからない。そうなんですよね、黄金時代、或いはそれに続くポスト黄金時代の作品、とりわけ英国ミステリーにはまるで教養主義とでも言いたくなるほど、史実や文学上の名言、果てはラテン語までもがそこここにちりばめられていて、ときとして辟易することもないわけじゃない。もっとも、作者としては「わたしの読者なら、それくらい知ってるのは当然のことでしょ」とおっしゃりたいのかも。
そうなると、こちらとしては無知を恥じるしかないので、安直ながらさっそくネット上で調べてみました。

ニノン・ドゥ・ランクロ。十五世紀のルイ十三世から十四世の時代に生きた実在の高級娼婦(クルティザーヌ)というが、単なる娼婦では全くなかったようだ。多くの肖像画を残す貴族出身の彼女は生没年も明らかで、理財と文筆の才に富み、数か国語に堪能な美貌の女性であり、エスプリあふれる彼女のサロンにはモリエール、ラ・ロシュフコーなど錚々たる人びとが出入りしていたという。

さて、作品に戻ろう。
前半の約150ページほどは旧弊で謹厳な学園の様子が薄いベールにつつまれたように描かれていて、謎に満ちた幻想的な少女小説のような感覚をおぼえてしまうほどだ。だが、フォスティナの身辺が明らかになってゆく後半部に入ると、物語は一転して誰が、どのようにして、なぜ、といったミステリアスな要素に満ちてきて、がぜん面白みを増してくる。そして、結末にいたる場面は、「暗い鏡の中に」というタイトルどおり幻想のベールにつつまれ、本格ものというよりもむしろ雰囲気を愉しむ物語といった作品に仕上がっている。

一、二冊しか読んだことがないので単なる想像にすぎないが、おそらくジョン・ディクスン・カー好きならば面白く読める作品なんじゃないか、という勝手なひと言で幕を引かせていただきます。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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