ケガの功名? ―ペリイ・メイスンシリーズを読む―


風邪で二晩寝込むはめになった。だるさだけで熱はあまり出なかったので、これ幸いと、これはという本を本棚からひっぱり出した。
こんなときにぴったりなのがペリイ・メイスンものだ。そのわけは、まず一篇一篇が長すぎないことで、ハヤカワミステリ文庫でいうと長くても三百ページ、大体が二百五十ページ前後で、読み疲れしない手頃な長さなのだ。それに、この重さだと寝ながら読んでいても手が疲れないという利点もある。
もうひとつの理由は、走り読みできるくらいの軽さ、悪く言えば読みごたえのなさだ。このシリーズを読みなれた読者なら肯いていただけると思うが、読んでいてここはおさえておかなければいけないという部分と斜め読みしたり端折ってもいい部分が自然とわかってくるのです。これは、作者E.S.ガードナーの執筆スタイルが口述筆記だったこととおそらく無関係ではないだろうし、読んだ後からきれいさっぱり内容を忘れてしまうという不思議な特徴にも関係しているんじゃなかろうか。
読み返してみようと手にとったのは『どもりの主教』です。

シドニーからきたという主教の依頼は、二十年以上前の重過失致死事件の弁護だった。しかし、その主教はどもりだった。日頃から多くの信者を前にした説教を務めとする主教が吃音では務まらない。はたして主教を名のる男はニセモノなのか、それとも潜在的な吃音習性があらわれてしまうほど緊迫した状況に追い込まれているのか。弁護を引き受けたメイスンだが、はたして相手の富豪が死体となって発見される。

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例によって、メイスンと美人秘書デラ・ストリート、そしてメイスン御用達の探偵事務所所長ポール・ドレイクの三人による絶妙なチームワークと縦横無尽の活躍でめまぐるしい展開をみせた末に、大向こうを沸かせるどんでん返しで締めくくられる。おなじみの物語ではあるのだが、いつ読んでも妙に癖になってしまう不思議な魅力があるのです。
椅子に座って考えるより先に、事件の真っただ中に身を投じることが身上のペリイ・メイスンは言う。

デラ、何といっても、おれはミステリイが好きだ。日常茶飯事は嫌いだ。悪党どもと智慧をたたかわせる、そのスリルが好きだ。(中略)おれのほしいものは生活だ、行動だ、たえず変化する情勢だ。事実を少しずつ寄せ集めて、ジグソー・パズルみたいに、それらの事実を一つの絵図にまとめるのが好きだ。

おそらくここには、ペリイ・メイスンに名を借りたE.S.ガードナーの本音があらわれている。
また、結末には次の事件の依頼が告知されるのがお約束で、今回デラが告げた新たな依頼人は一羽のカナリアが入った籠を手にした若い女性だった。こうなるともう止まりません。風邪で寝込んでいる身で時間もあることだし、というわけで『カナリアの爪』をひっぱり出すはめに。

姉の離婚問題の依頼に訪れた若い女性が手にしていたのは籠に入ったカナリアだった。それも爪を切り損ねたために不揃いの足をしている。通常、民事は受けないメイスンだが、謎めいたカナリアに惹かれて事件を引き受けたが、その直後に依頼人の姉の夫が拳銃で撃ち殺されてしまう。

今回も、最後の予審法廷の場でメイスンお得意のパフォーマンスによって周囲がアッと驚く真相が明かされる。できすぎだ、都合がよすぎるといえばそれまでのことだが、しかしこの軽さ、面白さは捨てがたいものがあります。
ガードナーはサービス精神いっぱいの作家で、今回の結末は間一髪のところで豪華客船での世界一周の旅に間に合ったメイスンがデラに求婚するというおまけつきだ。もちろん、デラの返事はご想像のとおりです(そうでなければ、この先何十篇というシリーズが成り立たないじゃないですか)。

中村真一郎は、福永武彦、丸谷才一との共著『深夜の散歩』のなかで、「百冊目のガードナー」というタイトルでペリイ・メイスンシリーズの特徴をこんなふうに書いている。

メイスン物は、妙に後を引くようにできている。(中略)現にぼくの友人の文学者で、仕事のためにあるホテルに宿をとったところが、そのホテルのサーヴィスがよくて、部屋に探偵小説の棚をそなえてあったので、つい、仕事の前に手がでて、運悪くそれがメイスン物だったので、一冊また一冊と、読みつづけているうちに、朝となって一枚も原稿を書いていない自分を発見したという、悲惨なことになった、という実例がある。

こんなふうにいつのまにか手にとって知らず知らずのうちに読み続けてしまうという、世にも恐ろしい中毒性をメイスンものはもっているわけで、手許の本棚に並んだシリーズの絶妙なタイトルの数々を眺めながら数えてみたら、ポケミスもあわせると六十冊を超えていた。よくもまァ飽きもせずにとわれながらあきれはしたが、世間は広い。「そんなことは、八十二冊あるメイスンものを制覇してから言う言葉。それくらいじゃあ、まだホンモノの中毒とはいえませんぞ。だいいち禁断症状がみられない」。そんな声が聞こえてきそうなので、この先も気に入ったタイトルの作品に出くわしたら迷わず買うことにします。

余談だが、かつて中村真一郎の友人が悲惨な(?)経験をしたというこのホテルは、おそらく「山の上ホテル」じゃなかろうか。常盤新平に『山の上ホテル物語』という本があって、チョコッとかじり読みした程度だが、神田駿河台の小高い丘にあるこじんまりとしたホテルで、食い物といい、さりげない気遣いといい、ほかにはない心地いいもてなしで、池波正太郎、山口瞳ら昭和文壇のお歴々がこぞって贔屓にしていたという。駿河台の坂や明大脇の急な階段はレコードや古本を求めて何度も行き来したが、ついぞかのホテルに足を踏み入れるようなことはなかった。なんのことはない、分不相応な気がして臆しただけの話である。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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