ふたりのアレクス


さきごろ、近作を二冊読んだ。近作といってもそのうちの一冊はすでに5年も前に翻訳紹介されているのだが、50~80年代の作品がストライクゾーンの自分のなかでは最近の作品に属するという位置づけだ。二作は、北欧スウェーデンの作家カミラ・レックパリの『氷姫』と、フランスの作家ピエール・ルメートルの『その女アレックス』だ。

カミラ・レックパリの『氷姫』は、スウェーデン第二の都市イェーテボリから北に100キロほどいった海沿いの小さな町フィエルバッカを舞台にした物語です。

イェーテボリに住む資産家の美しい妻アレクスの死体が、いまは誰もいない生家で発見された。偶然その場に居あわせたアレクスの幼なじみの作家エリカは、自殺を強く疑う両親の依頼もあって同じく幼なじみの警官パトリックとともに長く疎遠だった親友の過去をたどってゆく。

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実在の美しい町フィエルバッカ生まれの作家のデビュー作ということもあって、小さな港町の空気や風土を背景に、そこに暮らす人々の人間模様が描かれていて、良くも悪くも単なる謎解きミステリーにとどまらない作品だ。
伝記作家をなりわいとする主人公エリカはいまはストックホルムに居をおいているが、両親の突然の事故死によって故郷フィエルバッカに戻っている。そんな彼女が故郷の町によせる感情は、次のようなものだ。

 ストックホルムの生活環境がどれだけストレスの多いものか、エリカは忘れかけていた。誰もかれも、まるで追いつくのは絶対無理なものを追い求めているように、いつも走っている。急に、フィエルバッカが恋しくなった。(中略)
ストックホルムで孤独だったら、完全に孤立する。フィエルバッカでは、良くも悪くも孤独にはならない。人々は自分の隣人たちや仲間を気にかける。ときには極端に走ることもあるし、噂話もエリカの好みじゃないが、ここにいて首都の心臓部の人込みを見ていると、エリカはもうこの生活には戻れないと感じた。

「北欧のヴェニス」と賞賛される美しいスウェーデンの首都ストックホルムでさえ、生まれ育った海辺の小さな町フィエルバッカにくらべれば喧騒で味気ない都市なのであり、この感情はおそらくレックパリ自身の思いに重なっているのだろう。
この作品はⅥ章からなっているが、ⅠからⅣ章までは比較的早いテンポで事件のなりゆきが描かれているのに対して、全体のほぼ半分近くを占めるⅤ章はかつてエリカのボーイフレンドだったダーン夫婦、子供の頃から彼女にあこがれてきたパトリック、家庭内暴力に悩む妹夫婦などエリカを取り巻く複雑な人間模様が絡みあってきて、急に物語の運びが紆余曲折して構成にぎこちなさが感じられるなどデビュー作らしい初々しさもあわせ持っている。
封印された過去のむごい悲劇が二十年を経た現在に息を吹き返すという凄惨な物語ではあるのだが、ねらったものでない自然なユーモアと、あしたにむかって顔をあげてみようかと思わせる明るさがただよっていて、読み終えた後は不思議とある種の清涼感が残る。
そういったことから、多少の冗長さを我慢すればこの作品は読み心地のいいミステリーであることはもちろんのこと、広い意味での青春小説であり家族の意味を問いかけた物語でもあるのだろう。

ついで、評判を呼んだピエール・ルメートル『その女アレックス』です。

パリに暮らす孤独な女性アレックスは突然襲われた。木の檻に閉じ込められた彼女に男の冷たい言葉が聞こえる。
「おまえがくたばるのがみたい」
パリ警視庁の警部カミーユ・ヴェルーヴェンは、切れ者揃いだがひと癖もふた癖もある部下とともに事件を追うが、犯人の死によって事件は一転して全くちがった貌をみせはじめる。謎を秘めた女、アレックスの行方を追うカミーユの前に明らかになってくる真実の姿は慄然とするものだった。

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プロットの巧みさ、スピード感あふれる展開、いずれも一気に読ませ切るものがあるが、読み進むとともに凄惨な暴力性に対する生理的な嫌悪感とカミソリで斬られるような恐怖が襲ってきた。救いがないわけではない。誘拐された妻の死に対する負い目を引きずっていたカミーユの閉ざされた気持ちがようやく解き放たれる部分、性格の全てを知っていると思っていた部下の一人がかいまみせた思いもかけない一面など、あしたへの光はちりばめられているのだが、読後の殺伐としたやるせなさはなかなか消しようもないものがある。
なぜかはわからないが、シムノン、アルレー、ボアロ&ナルスジャックと続くフランスのミステリーは生理的な怖さがあって、いまひとつ読み込めないところがあるのだが、裏返せばそれだけ質の高いサスペンス小説が多いといえるかもしれない。

最近のミステリーには、生まれ育った家庭環境のなかで受けた虐待や暴力が消しがたい心の傷となってその後の人生を大きく狂わせてしまうといった物語が多い。もちろん、日本だけでなくどの国においても現実にそういった事件が増えていることは事実で、それを背景として小説が書かれることは自然のなりゆきではあるのだが、ただでさえつらい現実生活をふたたび物語のなかで反芻するような感じで少し敬遠してしまいたい思いもする。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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