蔵書印のこと


 

丸谷才一のエッセイ傑作選1『腹を抱へる』を読んでいたら「蔵書印」という文に出会った。
洋の東西にわたる博識で知られたこの作家は、ここでも戦前の古書店に出た大量のフランス語原書に押されていた蔵書印「大學過眼」が堀口大學の印であったことやそのいきさつに触れていた。ここで知ったエピソードをひとつ。

昔の洋書は1ページ1ページが袋とじになっていることが多かったらしく、堀口大學の蔵書のなかにも袋とじのままのものがけっこうあったというんですね。現代で袋とじといえば、週刊紙の袋とじのエロチックで秘密めいた中身を連想するのがオチでしょう。イエ、人から聞いただけで、買って開けてみたことなどケッシテありません。でも、何やら秘密めいたところを覗くときのワクワク感だけは共通するものがありそうで、向学のために一度袋とじのある週刊誌を買ってみようかナ。

本題に戻ります。
本は好きだが、蔵書印を使ったことはない。が、実は持っている。三十年以上も昔のこと、僕の本好きを知った年長の先輩が手ずから彫った蔵書印を餞別にといただいたものだ。すでに退職されていたその方は、好きな絵や書をはじめ版画や篆刻もたしなむという藝の広さで、悠々たる自適生活を送られていた。ありがたく頂戴はしたものの、学生時代、食うに困ったあげく泣く泣くとはいえ背に腹はかえられぬとばかりに手持ちの本を古本屋に持ち込んだ前科をもつ身だ。本は好きだけれども、本に対してなんとなく後ろめたさを感じていたこともあって、せっかくいただいたとはいえ蔵書印を押すのはさすがに気がひけます。そんなわけで、一度も使うことなく(モトイ、使えないまま)三十数年机の引き出しのなかで長い眠りについていました。

いただいた蔵書印(側面)いただいた蔵書印(印面)

側面には、墨痕鮮やかな見事な草書で「謹呈 **」とある

 

 

 

そして、先日このエッセイを目にしたわけですが、そこに書かれていた最後の一文がとびきりシャレていましたね。
坪内逍遥の友人で長く早稲田大学図書館長を勤めた愛書家、市島春城の蔵書印です。

「子孫換酒亦可」(子孫、酒ニ換ヘルモマタ可ナリ)

当時いただいたものは、ごらんのように「**蔵書」という普通の蔵書印でしたが、もしも当時このことを知っていたら、迷うことなくこの文言でお願いしていたのに。
今はもう雲上に行かれた先輩にお願いしようもないが、おかげで三十数年持ち続けていた本への後ろめたさからは解放されてなんとなく肩が軽くなったようだ。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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