『一瞬の敵』 ロス・マクドナルド


 

1968年発表のロス・マクドナルド中期最後の作品、あるいは後期に位置づけられる作品です。どちらに位置づけるかは視点によって異なりますが、1959年の『ギャルトン事件』にはじまって、1964年の『さむけ』、翌年の『ドルの向こう側』へと1960年代のロス・マクドナルドを一貫して流れるテーマは「父親捜し」であり、この作品はその掉尾を飾るものといっていい。その意味では中期最後の作品と考えたほうがいいかもしれません。

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サンディはハイスクールに通うごく普通の女の子だった、この夏までは。しかし、町で知りあった前科者の青年デイヴィとともにショットガンを持って家出した。娘を連れ戻してほしい。両親の依頼でふたりのゆくえを追うアーチャーは、やがてデイヴィの出生の謎が事件の背後にあることをつかみ、残された小さな手がかりから富豪ハケットの邸を訪れる。

ここでもアーチャーは、「私の仕事の大半は、人間を観察し、判断すること」というように、事件に関係する人びとを訪ねては事実を聴き出すことに徹していますが、すでに人間のさまざまなふるまいや姿を見てきたものの沈着さ、達観した老練さすら感じさせている。探偵も老いるのだ。つらく耐えがたい秘密を語ったサンディに対して、「人はみんな悩みをもっている」というアーチャーの月並みなひと言は、しかし重い。ひとの生き死にを見てきた探偵の眼差しはマーロウと同じく優しいのです。

貧しいがゆえに人の命と引きかえにしてまでも金に執着する人びと、富めるがゆえに金の力ですべてを解決しようとするしかない人びとの複雑に絡み合った過去を丹念にほぐしてゆくアーチャーの前に、醜悪で哀しい事実が自然にその姿をあらわしてきます。「父親捜し」というテーマを背景にして、ロス・マクドナルドは一貫して富める者も貧しい者もひとしなみに苦悩にあえぐ姿を描き出している。

ロス・マクドナルドの作品への執着ついでに、もう一度とことんこの作家につきあってみようか、とも思うが、相も変わらずミステリー散歩の足はきょうはこっちに向いたかと思えば明日はあっちへと、浅~くふらついたまま。背骨がないんだよなァ、背骨が。

 


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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