『死の演出者』 マイクル・Z・リューイン


 

アルバート・サムスン。インディアナポリスに数ある私立探偵事務所のなかで、もっとも低料金の私立探偵だ。過去に数年間ガードマンの経験があるだけで、警官のキャリアがあるわけでもない。拳銃で撃たれたことはあるが、自身は拳銃を持ってもいない。

本書は、そんなアルバート・サムスンシリーズの第二作。

「あなたの料金は?」。電話を通しての高飛車な態度に裕福な依頼主を想像して訪ねた先は、みすぼらしい小さな木造の家だった。ガードマンである娘の夫が勤務中に拳銃で撃った相手が死んだために、殺人罪に問われた娘の夫を助けてほしい。夫の無実を必死に信じる娘に心打たれたサムスンは調査を引き受けたが、ベトナムの戦場での悲惨な経験をもつ彼女の夫ラルフは精神的な問題をもっていた。しかし、射殺された相手が同業の私立探偵であったこと、ラルフに射撃を命じた男がいたことなど、調査を進めるサムスンの前にいくつかの不審な点が浮かんでくる。

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アルバート・サムスンシリーズはその登場時、新しいハードボイルドと称された。
ハードボイルドの巨頭、チャンドラーやロス・マクドナルドがそれぞれの私立探偵を通して描いたのは、大戦をはさむアメリカ社会の歪みであり、富めるものも貧しいものも均しく愛憎のなかに崩れていく哀しい姿であるが、主に富裕な一家の姿を通して描かれることが多かった。一方、マイクル・Z・リューインは、同じように社会や人間の歪んだ姿を浮き出しにするにしても、背景はベトナム戦争後の成熟から爛熟にむかうアメリカ社会であり、『季節の終り』を例外としてほぼ一貫してミドル・アメリカに属する人々の姿を通して描いている。

また、ハードボイルドの形式上一人称スタイルをとることから、自らの身辺にわたる記述が多いのは当然のことだが、チャンドラーやマクドナルドには身近な家族に関しての記述は少ない(全くないわけではないが)し、触れられたくない古傷のようにさらりと触れているにすぎないのに対して、サムスンシリーズではガールフレンドだけでなく母親やひとり娘まで登場して、控えめではあれ家族のもつ暖かな情愛が伝わってくる。
同じハードボイルドというスタイルをもちながら、チャンドラーやロス・マクドナルドとはちがった時代である以上、描く対象や価値観を異にするのは当然であり、それが新しいハードボイルドと名付けられた所以であるが、ハードボイルドというスタイルに屈折した浪漫主義がひそんでいた時代とは異なり、いわば市民派ハードボイルドとでも名づけたいような肌合いをもっているのがこのシリーズだ。

さて、1973年に発表された本作品であるが、後年の80年代に書かれた『消えた女』や『季節の終り』から読み始めたせいか、作品としての成熟度というか、あるいは読み終えた読者にもたらされるカタストロフィーと言い換えてもいいが、そういった点で少し物足りなさを感じてしまうところがあってやはり初期作品に位置づけるのがいいと思われる。

 


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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