『ウィチャリー家の女』 ロス・マクドナルド


 

依頼はサンフランシスコからほど近い町の石油富豪ウィチャリー家からだった。二か月前、ホーマー・ウィチャリーがヨットで太平洋に出航した日を最後に、見送りにきたひとり娘のゆくえがしれないのだという。通っていた大学やアパートをたどって彼女の足どりを追うアーチャーの前に見えてきたのは、ホーマーの別れた妻キャサリンの謎めいた行動だった。

娘の名はフィービ(Pfoebe)。美しい響きだが、何がなし孤独やかなしさを感じさせる名だ。ある意味、この名前だけで本書の内容を暗示させるものがあるほどで、あらためて小説の登場人物の名前は重要だと思う。読者が名前から受ける印象については以前にも書いたことがあって(2013年2月6日)、登場人物に印象深い名前をつけた作家のひとりとして藤沢周平が挙げられるが、その彼にして登場人物の名前には苦労したようで、思い浮かぶ候補を書き留めては消したりしていたというようなことがエッセイに綴られていたのを憶えている。

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1961年発表の本書は、この3年後に書かれた『さむけ』とならんでロス・マクドナルドの代表作といわれている。その理由は、本書の訳者であり岩田宏という別名をもつ詩人でもあった小笠原豊樹の次のような記述を紹介すればいいと思う。

「アーチャーは、ハメットの主人公のような積極的な行動者ではないし、チャンドラーの主人公のような気取ったニヒリストでもない。作者自身によって「質問者」と定義づけられたこの私立探偵は、犯罪者とその周辺の人々にたいして、ちょうど精神分析医のように細かい質問を執拗に続け、それらの人々の内部にひそむ犯罪の因子を掘り起こして行きます。(中略)私的で平凡な生活のうすぐらい片隅にも歴史の矛盾や暴力は凝縮したかたちでうずくまっています。そのあたりに光を投じることは、過去から現在、未来への流れのなかで生きている具体的・一回的な人間の姿をよりよく見ることにほかならないでしょう。」

この的確な指摘は、「非情」で「タフ」で「シニカル」な文体と主人公をもつハードボイルドに屈折したロマン主義をみることができた時代から、戦争を経たアメリカ社会や家庭のひずみを映し出す手法への昇華を示している。ロス・マクドナルドの作出したリュウ・アーチャーという私立探偵は、従来のハードボイルドの通説を超えるものとして位置づけられるのだ。ミステリーのひとつのジャンルあるいはスタイルとしてハードボイルドを位置づけることにことさら異議を呈するものではないが、平凡な人間の奥底にひそむ悪意や願望に目をむけるリュウ・アーチャーにそういったカテゴリーの枠などほとんど意味をもたないことを私たちは思い知らされるはずだ。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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