巻き込まれ型サスペンス


バラの季節とともにミステリーがお留守になってしまったが、久々にUPしました。

第7回はいわゆる巻き込まれ型サスペンスミステリーの名手たちです。
この代表といえばかなり多くの方がエリック・アンブラーを挙げるのではないでしょうか。この作家は『ディミトリオスの棺』を代表とするスリラー小説や『あるスパイへの墓碑銘』のスパイ小説のジャンルに位置づけられることが一般的なようで、それはそれでそのとおりですが巻き込まれ型のミステリー作家としても代表格でしょう。ただ、僕はいつも思うのですが、この作家の作品がスリラー小説と呼ばれるのにはちょっとした違和感をおぼえるのです。たしかに、『ディミトリオスの棺』などは、読み進むほどに、また最終章に近づくほどに一種とらえどころのない怖さを感じるほどだが、かといってそれをスリラーというのはちょっと違うんじゃないか、というのが僕の言い分というか、感じだ。

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戦前の30年代に書かれた『暗い国境』、『あるスパイへの墓碑銘』、『ディミトリウスの棺』、戦後に書かれた『武器の道』、『真昼の翳』、『ダーティ・ストーリー』など、いずれも中部ヨーロッパや中東を舞台に暗闘する組織や個人を描きながら、単なるピカレスクや犯罪小説とは一線を画する格調の高さがあり、このあたりが英国ミステリたる所以なのだろうと思う。

今回、あらためて『あるスパイへの墓碑銘』と『ディミトリウスの棺』を読み返してみました。前者は、二つの大戦に挟まれた時代の南フランスの避暑地を舞台に、貴重な休暇を過ごしにきたひとりのカメラ好きの外国語教師がスパイに疑われた物語です。さすがに戦前の30年代に書かれた作品だけあって、クリスティに共通するようなのどかさとぜいたくさを感じさせ、今読むとノスタルジックな雰囲気につつまれてしまうほどだ。後者の時代もやはり30年代のヨーロッパ裏社会を生きたディミトリウスという極悪な人間の足跡を、当時のヨーロッパの東玄関イスタンブールを発端に東欧ブルガリアから南欧ギリシャ、そして果てはパリまでたどる作品ですが、冷たい汗が背筋を流れるときに感じるヒヤッとするような読後感に包まれる作品だ。いま読み直しても違和感や時代錯誤的な古さは感じられず、面白さと個人的な好みという点では僕は圧倒的に後者に軍配をあげます。

それはさておき、写真でみる限りですが、この作家は非常に特徴的な風貌をしていEric Amblerます。とても額が秀でて知的だけれど、スパイや犯罪者を地で行くような冷徹で非情に研ぎ澄まされた風貌で、イメージは全く異なるが往年の映画『第三の男』のラストシーンに登場するハリ・ライム(オーソン・ウェルズ)に似た感じがあって思わずブルッと震えるほどの印象で、作られたイメージとはいえ狙いどおりによく撮られた写真だといつも思います。

 

もうひとり巻き込まれ型の作家がいます。それはアンドリュウ・ガーヴです。

ガーブといえば『ヒルダよ眠れ』ですが、むしろこの作家の本領は『カックー線事件』、『サムスン島の謎』、『道の果て』、『メグストン計画』に発揮されていると思います。この作家の作品の多くに共通する特徴は、英国の中流からやや上の階級に属する(と自身も考えている)穏健な知的人種が、みずからの意識のせいもあっていつの間にか事件に巻き込まれてしまうというもの。また、その冤罪をはらすべく走り回るのが、近親や知人の誰かという点も多く共通している。

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アンブラーにみられる背後から狙われているような恐怖感ではなく、自身の意識が招いてしまった罠にはまる後悔と、蟻地獄のようにそこから抜け出すことのできない怖さがこの作家の持ち味でしょうか。今回、『道の果て』を読み返してみて、英国の中流階級に属する穏健で良識的な家庭人がつけ込まれた過去の秘密をめぐるプロットに、さすがにちょっと古さを感じざるを得なかった、というのが率直な印象だ。

アンブラーもガーヴもともに二十世紀前半から半ばにかけて活躍した英国の作家で、スパイ、スリラー、といえばイギリスというほど英国ミステリが全盛を誇っていたよき時代を代表する幸福な作家たちでしょう。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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