『バーニング・シーズン』 サラ・パレツキー


シカゴの女性探偵を描くシリーズ第6作だ。
探偵の名はV.I.ウォーショースキー。父系からポーランド、母系からはユダヤとイタリアの血を受け継ぐ女性で、正しくはヴィクトリア・イフィゲネイア・ウォーショースキー。亡き母が名づけてくれたのだが、なぜか本人はこの名前があまり好きではないらしい。
もともとは、シカゴ大学のロースクールを経た国選弁護士としてキャリアを積んだ女性だが、法曹界の腐敗に愛想をつかして一匹狼の私立探偵に転じたという経歴を持つ。

専門は金融社会の不正解明だが、本シリーズの多くは身内のトラブルに巻き込まれた結果、暗く深い犯罪の坩堝に巻き込まれてゆくというストーリーで、今回もその例にもれない。

ことの発端は父方の叔母、エレナだった。若い頃から身持ちが悪く、酒と男に身を持ちくずした彼女だったが、ある日住んでいたホテルを焼け出されたあげくに、V.Iのアパートに転がり込んできたのだ。そして、ある日叔母の隣人の娘がビルの建設現場で死体となって発見されるにいたって、不動産投資を巡る不正な動きの背景を洗い始めたV.Iにも生命を脅かす危機がふりかかってくる。

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後半部の圧倒的な暴力シーンは、男をしてすら黙らせてしまうほどの迫力に満ちている。
心にも体にも深いダメージを受けた後、立ち上がろうとするとき必要とするのは眠りだ。一瞬の安らぎと痛む体の回復をもたらした眠りの後、闘いにのぞむ彼女は肉を食するのだ。ロス・マクドナルドが描いた私立探偵リュウ・アーチャーもそうだった。戦国時代、戦に際して茶漬けと能を美とした日本の文化とは決定的に異質だ。
そして、V.I.はS&W38口径をジーンズのベルトに押し込むのだ。

だが、こんなホッとする繊細なシーンもある。
シカゴ育ちで根っからのカブスファンであるV.Iの次のような言葉は、人間同士の相性とでもいうことを冗談めかしていながらも、実は理屈を超えたところにある本質的な機微を端的に言いあらわしている。

「彼は(シカゴ・ホワイト)ソックスのファンでしょ。うまくいきっこないわ」

そして、彼女はあれほど愛し憎んだ一族のために、ほとんど丸腰同然で敵の待つ場所に乗り込むのだ。
おそらく、本シリーズの魅力の最たるところは、V.Iのこういった矛盾に満ちた感情と胸のすく行動にあるのだろう。

そうそう、本書は1990年の刊行だが、「ドナルド・トランプにはなれない」という一節が出てくる。いまをときめくあのドナルド・トランプ氏である。不動産をめぐる疑惑が物語のひとつの軸をなしていることから、不動産投資によって一代で財を成したトランプ氏が引き合いに出された格好だが、ここでは単なる巨額の財を成した成功者として比較の対象になっただけで、さすがにパレツキー自身も後年ドナルド・トランプ氏が超保守的な論客としてアメリカ政界に登場するとは想像できなかっただろう。

なお、本シリーズについては、過去にコチラや、コチラ、そしてコチラなど何回か触れているので、よろしければお立ちよりいただければ幸いです。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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