多作シリーズ(その1)


第8回は多作シリーズものです。といっても今回は、競馬シリーズで知られるディック・フランシスのように数作を除いて一作品ごとに主人公が異なるシリーズではなく、ほぼ一貫して同じ主人公やメンバーによる連作ものを対象としました(ディック・フランシスは好きな作家なので、後日個別に取りあげてみたいと思っています)。

まずはE・S・ガードナーによるペリイ・メイスンシリーズです。 このシリーズは82冊にのぼるそうで、まずこの作品数に圧倒されます。それに、どの作品もつい手が出てしまいそうな謎めいたタイトルも魅力的です。たとえば『すねた娘』、『幸運な足の娘』、『奇妙な花嫁』、『門番の飼猫』、『夢遊病者の姪』、『どもりの主教』、『カナリヤの爪』など枚挙にいとまがないほどだが、読んだ後すぐに内容そのものはきれいさっぱり忘れてしまうのがまたいいところでもあります。しかもですよ、各作品の最後の章で次回作のマクラをふって読者の興味をさそうというサービス精神がまた心憎いところです。

また、確かこの作家は口述筆記のかたちで作品を書く人だったと記憶しているが、そういえば日本でも多作で知られる松本清張も口述タイプの作家でした。でも、次から次へと作品を送り出しながら、おふたりとも手抜きとかお粗末とかいうようなことがないところはサスガです。想像するに、E・S・ガードナーにもきっとデラ・ストリートのような才色兼備の秘書がついていたにちがいありません。img08-1

今回、記念すべき第一作『ビロードの爪』と、タイトルの強い印象から『門番の飼猫』を読み返してみました。前者は創元推理文庫版ですが、ペリイ・メイスンなどのミステリを読み始めた頃はまわりに創元推理文庫しかなかった(ハヤカワポケットミステリーはあったと思うがとても手が出なかった)。生まれ育った地方都市の中心街にあった、今はもうない書店の二階の本棚に並ぶ創元推理文庫の数々は、まぶしいくらいの輝きに満ち満ちていました。だから、『怪人二十面相』(江戸川乱歩)は別として、僕のミステリーの原点は創元推理文庫ということになる。以前第3回で早川書房(正確には早川清氏)に触れましたが、実は東京創元社(正確には創元社東京支社という位置づけだったらしい)もミステリーにとどまらずいい本を出している(た)。当時の創元社には小林秀雄や青山光二らそうそうたる面々が関係していたらしく、たとえば吉田満『戦艦大和ノ最期』、谷川俊太郎『二十億光年の孤独』、小林秀雄訳『ランボオ詩集』などを挙げれば、うなずいていただけるのではないかと思う。

小林秀雄訳『ランボオ詩集』(東京創元社) -本棚の隅に眠っていた-

小林秀雄訳『ランボオ詩集』(東京創元社) -本棚の隅に眠っていた-

閑話休題。

『ビロードの爪』は1933年発表ですが、古さは感じられませんしその後の作品群も設定の細部に古さはあってもアナクロニズム的なところは少しも感じられません。それはおそらく、一連のペリイ・メイスンシリーズに共通するスピード感あふれる展開と平明で明快な文体、こなれた会話のやりとりによるイメージのしやすさによるところが大きいのではないか、というのが僕の勝手な見方です。  さらに、第一作ですでにこのシリーズの骨格やスタイルがしっかりと構築されていて、その後の八十作余りにものぼるシリーズにおいてびくとも揺らぎをみせていない。陪審制という当時の日本では耳慣れない裁判制度の特徴を最大限に利用して、パフォーマンスと弁論テクニックを縦横無尽に駆使しつつ土壇場でアッといわせるどんでん返しを仕組んでみせる。まさにメイスンにしかできない独壇場ですが、それらの最大の特徴が第一作でもうすでに本人の口から語られている。

『それなのに、あなたは依頼人に忠実に働くとおっしゃるのね。相手がどんなやくざな人間でも』
『そりゃそうさ。それがぼくの義務だもの』
『職業的義務?』
『いや、ぼく自身の義務だよ。ぼくはやとわれ剣士だ。依頼人のために戦うんだ。』

 

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さて、作品に不可欠なのが秘書デラ・ストリートと私立探偵ポール・ドレイクの存在です。デラはとびきりの美人でしかも聡明なことこのうえない描かれかたをされていて、何の関係もないがついビバップ時代のソニー・クラークの代表作『クール・ストラッティン(Cool Struttin)』のアルバム写真を思い出してしまう。というのも、このジャケットの写真が当時最先端だった少し長めのスカートで(おそらくはニューヨークの)街をゆく女性の足をフィーチャーしたもので、思わずデラ・ストリートはこんなきれいな足の女性だったんだろうなって思ってしまうからだ。何よりも、デラとメイスンが決して濃密な関係として描かれてはいない、むしろバリバリの刑事弁護士とそれを支える才色兼備の美人秘書の大人のコンビといった絶妙な距離感も、長く読者の支持を得ている理由ではないか。なにしろ、平気で真夜中の二時に『急ぎの仕事』の一言だけでデラのアパートに電話する弁護士と、それをごくあたりまえのことのようにタクシーで事務所に駆けつける秘書、読者は緊密な糸で結ばれたこんな二人の関係を知っていてなおかつ知らないふりで見守っている、といったところですかね。

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ペリイ・メイスンシリーズだけでずいぶんと長くなってしまった。そこで、次回も多作シリーズ第二弾にします。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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