アンソロジーあれこれ


第十回はアンソロジーにしてみました。
世に有名なアンソロジーはあまたあって、とても全部は読み切れるものではありませんしその気もありませんが、それらのなかから気に入ったものをとりあげてみたいと思います。

まずは、襟を正してエラリー・クイーン編『黄金の十二』です。よく知られていることですが、原著作名『Golden Dozen』のDozenには二つの意味が込められている。一つは、言うまでもなく珠玉の十二の作品が収められているという意味だが、もう一つ非常に面白い編纂プロセスが込められている。それは、古今東西のミステリーから最も優れた作品を選ぶというクイーンの呼びかけに応えた12人の著名な作家や批評家、編者らにそれぞれ推薦する候補作品を選出してもらい、その結果編まれた十二編であることを意味している。単にベスト一作品ではなく各自が12作品を推薦選出した結果であり、12人×12作品のなかから誰もが納得する作品を選び出したところにクイーンの真摯な姿勢と真骨頂がよくあらわれていると僕は思うのです。

『黄金の十二』エラリー・クイーンなど

『黄金の十二』エラリー・クイーンなど

ただ、今回はさすがに『黄金の十二』を読み返すことはパスさせていただいて、『黄金の十三/現代編』にしてみた。短編といえばスタンリイ・エリンは欠かせない存在ですが、ここにもやっぱり入っていましたね、作品は『決断の時』です。そして、コーネル・ウールリッチの『一滴の血』。ウールリッチはご存じのようにウィリアム・アイリッシュの別名で、僕が読んだこの作家の作品の多くは暗く鬱積した遺恨が長い追跡と周到な計画によって見事なまでの復讐劇に結実するという、黒を基調とした美しく悲しい物語の印象が強く、好きなんだけれどいざ手にとるには決心のいる作家です。さらに、『敵』のシャーロット・アームストロングは個人的になつかしい作家だ。『疑われざる者』、『毒薬の小壜』はいずれもサスペンス作品だが、ダイナミックさとか血なまぐささとは無関係にアメリカのよき時代と社会を感じさせる安心感と心地よさがあって、ウールリッチ作品の絶妙な中和剤といったら失礼にあたるでしょうか。
クイーンは、ほかにも『EQMMアンソロジーⅠ』、『EQMMアンソロジーⅡ』など後年にいたるまでいろいろなアンソロジーを編んでいる。元来、底なしのミステリー好きなのに加えて、恐ろしく勤勉かつ学究的なことこのうえないご両人は、慧眼鋭い正真正銘の目利きであるだけでなくミステリー書誌学においても不世出のオーソリティでしょう。

『アメリカ探偵作家クラブ傑作選(1~14)』も、もちろん全てではなく拾い読みですが愉しく読んだ記憶がある。
邦訳のタイトルがしゃれていて、それにツラれて思わず手にとってしまったという御仁もきっといらっしゃると思うが、そんなアナタ決して損はしなかったはずです。邦題に劣らず原題もまたいい。たとえば、第一巻の『あの手この手の犯罪』(1975年)の原題は”Every Crime in the Book”だが、実にシャレている。また、第三巻の原題”Murder Most Foul”は殺人者の致命的なミスといった意味合いだと思うが、邦題は『眠れぬ夜の愉しみ』(1971年)で、重度の不眠症患者を自認する編者ハロルド・Q・マスアが眠れぬ夜を過ごす読者に贈る短編集という意味で名付けられたようだ。

アメリカ探偵作家クラブ傑作選

アメリカ探偵作家クラブ傑作選

これらのなかでも『エドガー賞全集(上・下)』(1980年)は、当然のことながら選りすぐりの作品群が詰まっていて、払ったお金の何倍にも相当する面白さが味わえること請け合いですが、残念ながらもう手に入りにくいかもしれない。『晩餐後の筋書』(ウィリアム・アイリッシュ)、『夢判断』(ジョン・コリア)、『ブレッシントン計画』(スタンリイ・エリン)、『女主人』(ロアルド・ダール)など、いずれもお約束の定番作品といえばそれまでだが何度読み直しても面白さに変わりはなく印象深かった。

アメリカのクライムクラブ傑作選とは違う趣向とニュアンスで面白かったのは『イギリス・ミステリ傑作選(1974~1985)』だ。手許には11冊しかないが、都合15冊にもなる選集のようだ。英国ミステリーには、保守的なイギリス社会で古くから培われてきた歴史や文化、社会通念などが混じりあって独特の苦味と毒、言ってみればアイロニーが醸し出されて読後にゾクッとするようなところがあり、それはタイトルひとつとってもうかがえる。いわく、『眼には眼を』(エリザベス・フェラーズ、原題”Undue Influence”)、『誰にでもある弱み』(アントニイ・レジャーン、原題”Something on Everyone”)など。一体にイギリス短編ミステリーには、古い因習や階級意識などが根強い保守的で閉鎖的な社会において長年抑制されてきた欲望が何かを引き金にして頭をもたげるといった構図があって、少し慇懃で毒気のある、そしてちょっぴり苦い皮肉を含んだ作品が多い印象で、それらが好きな向きにはこたえられない選集だ。

イギリス・ミステリ傑作選

イギリス・ミステリ傑作選(1974~1985)

短編は、日本の主に純文学の世界では得てして作家の片手間仕事のようにみられたり、淡々とした味わいの私小説のように練に練った構想や想像力の駆使とは対極的な作品が主流をなしてきたが、海外では構想力に富んだプロットや筋の面白さで読ませるshort story として長編作家とは違った意味あいの尊敬と評価を受けている分野だと思う。主に短編ミステリーを得意としたロアルド・ダール、スタンリイ・エリン、ヘンリイ・スレッサー、ジョン・コリアなどは、押しも押されぬ手練れのstory tellerでしょう。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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