いわゆる警察小説


第十一回はいわゆる警察小説と呼ばれるものにしました。

まずは、エド・マクベインの八十七分署シリーズです。以前に(第9回)一度取りあげていますので繰り返しは避けますが、警察小説の代表格として厳然たる位置を占めるシリーズですから名前だけは挙げておかなければ礼を失することになります。

エド・マクベイン”八十七分署シリーズ”

エド・マクベイン”八十七分署シリーズ”

 

次は、1970年代の一時期を席巻したといっても過言ではない、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー夫妻のストックホルム警察シリーズ。『笑う警官』以下10作品で、角川文庫から刊行されているというのも特徴的です。個人的な感想にすぎないが、ミステリーに関する角川書房の眼目の高さを挙げるとすれば、ずいぶん昔の話になるが横溝正史の多くの作品をきわめて斬新な表紙デザインで文庫化したこと、『薔薇の殺意』や『わが目の悪魔』などに代表されるルース・レンデルをいち早く紹介したこと、そしてこのマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー夫妻のストックホルム警察シリーズを世に問うたことではなかろうか。

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー"マルティン・ベックシリーズ"

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー”マルティン・ベックシリーズ”

今回あらためて第一作『ロゼアンナ』とMWA賞『笑う警官』を読み返してみたが、デビュー作にしてすでにしっかりとしたプロットと描写力に裏付けられていて一気に読み進むことができた。シリーズの舞台であるストックホルム警察殺人課のマルティン・ベック主任警視を中心とした“ベック一家”の面々はこんなふうに描かれている。

たとえば尊大なコルベリ、このところめっきり腹が出てきた(略)。まじめいっぽうのメランデル、あ  の“いちばん退屈な人間こそ最良の警官になるものだ”という仮説を裏書きするような顔をしている(略)。おもしろみに欠ける点ではメランデルにひけをとらない赤鼻のルン(中略)。巨大な体躯と鷹のように鋭い目でどんな人間もふるえあがらせることができ、また自身それを誇らしく思っているグンヴァルト・ラーソン(略)。最後に彼自身、つまり、いつも鼻をすすっているマルティン・ベックにしたところで、(略)けっして仲間たちの例外ではなかった。そこには、額と顎ばかり張って頬のこけている長身の男が、青みがかった灰色の目を悲しげに見開き、肩を落として立っていた。」

また、スウェーデン北部の都市から応援派遣されてきた刑事ノルディンとコルベリの以下のなにげない会話は、はしなくもこのシリーズを貫く本質の一端をうかがわせている。

「どうしておたくたちがこんなところで平気でくらせるのか、おれにはわからんね」  ノルディンが言った。  「おれたちはここで生まれたからさ」  とコルベリが答えた。  「ストックホルムがおれたちの全世界なんだ」

面白いことに、ここでストックホルムをアイソラに置き換えれば、この会話はそのまま八十七分署の世界になってしまうことに気づきませんか。つまり、このシリーズにしろマクベインの八十七分署シリーズにしろ、警察小説とは刑事たちと彼らが生きる社会と人間を描き出すことにほかならない。その意味で、ストックホルムという北欧の都市を舞台に描かれるこのシリーズは、成熟した現代社会のひずみと膿を先取りした時代感覚と落ち着いた筆致で描き出して飽きさせることがなかった。  10作で終わってしまったこのシリーズ、どれも読みごたえのある作品だった記憶がありその意味では残念といえるが、最初から10作で完結させる予定で始められたようで、夫マイ・シューヴァルの死とともに惜しまれつつ幕が下りたのもある意味では幸福な終わり方なのかもしれない。

地味なところで、ヒラリー・ウォー。代表的な作品は『失踪当時の服装は』、『事件当夜は雨』あたりだろうか。先のマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー夫妻が、好みの作家としてマクベインとともに挙げていた作家でもある。今回は、マサチューセッツ州ブリストルという地方都市を舞台に美人女子学生の突然の失踪を追う警察署長らの日々を描いた地味な作品『失踪当時の服装は』を読み返してみた。

ヒラリー・ウォーの二冊

ヒラリー・ウォーの二冊

ずいぶん前の翻訳のせいか、マサチューセッツ州という比較的洗練されたアメリカ東部の地方都市が舞台なのににもかかわらずけっこう会話が荒々しいのが少し気になったが、ここでもこの小説の中心人物である警察署長クランク・フォードと部下のバートン・キャメロンとの間でかわされる次のような会話は、初期の警察小説にもかかわらず核心をついている。

キャメロンは空になったコップを下におくと、両手を膝にのせて、やおら立ち上がった。「わかりましたよ、あんたの勝ちだ。(略)みんな調べあげることにしますよ、かたっぱしからひとりのこらずね」   「やるよりしかたがないさ、バート」とフォードが声をかけると、キャメロンは背中をむけたままちょっと立ちどまった。「それ以外におれたちにゃ、やることがないんだぜ。バート、きみだって警察の仕事がどんなことぐらいかは知ってるだろう。歩く仕事だ、歩いて、歩いて、歩きまわるんだ。あらゆる見込みをしらみつぶしにするんだ。一トンの砂をふるって一粒の砂金を探しだす仕事だ。百人の人間にきいても何の手がかりもなく、さらにもう百人の人間にききにでかけてゆく仕事なんだ。」

最後のつけたしになりますが、メグレ警視シリーズのジョルジュ・シムノンは何冊か買ったまま本棚の重しとなったままで、カトリーヌ・アルレーといいボアロー&ナルスジャックといい、僕はどうもフランス系ミステリーとは縁がないようです。たぶん、単なる食わず嫌いにすぎないのでしょう。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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