記憶に残る刑事または警官 ―その1―


前回はいわゆる警察小説について書いたが、第十二回は刑事または警官が主人公のミステリーから記憶に残る作品を選んでみた。日本では刑事はデカ、警官はおまわり、アメリカではコップというように、たいがいは蔑みを込めて呼ばれる人々ですが、ここでとりあげた刑事や警官たちはむしろ誇り高い人々とさえいえる。

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まずは、少し変わったところでジョン・ボール『夜の熱気の中で』の黒人刑事ヴァ―ジル・ティップスから。故郷からの帰途、深夜の南部の田舎駅で乗換え列車を待つカリフォルニア州パサディナ市警の刑事ヴァ―ジル・ティップスが、はからずも巻き込まれた殺人事件をきっかけにして、アメリカ南部社会に色濃く残る人種差別の偏見のなかで、持ち前の鋭敏な観察眼と明晰な頭脳とで真犯人を追いつめてゆく過程を描いている。身元照会に対するパサディナからの簡潔な返電が、くっきりと彼の人物像を浮かびあがらせて秀逸だ。

  「調査官。殺人ほか重大犯専門。成績優秀。本人の協力を要する場合は連絡乞う」

昨今、簡潔でいて明快な文章表現に出会うことがめっきり少なくなったように感じるのは、電文に求められるような性格の文章の出番がなくなったことにもよるのかな。横道にそれますが、『東京創元社文庫解説総目録』や『ハヤカワ・ミステリ総解説目録』の解説文はたぶん二百文字くらいだと思うが、斬った張ったの大立ち回りのような派手な文章も多かった一方で、なかにはひと目キラリと読者の気をひく名文も隠れていて、結構たのしく読んだ記憶があります。この解説、出版担当者が最も苦労するところでもあり、また腕の見せどころでもあっただろう思うが、気のきいた解説に出会ったときなどは、ひょっとして無名時代の作家の隠れた高収入アルバイトだったというようなことはないだろうか、などと勝手に想像していた。

早川書房・東京創元社の目録 -こんなに濃い内容の活字が詰まったものが昔はタダでもらえた-

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本題に戻るとしましょう。黒人嫌いの警察署長とヴァ―ジル・ティップスのやりとりは、1960年代のアメリカ南部を舞台にしたこの物語の背景を鮮明に語っている。

   「おまえの住んでいるところじゃ、みんななんておまえのことを呼ぶんだ?」
   「ミスターティッブスって呼ばれています。(They call me Mr. Tibbs.)」

これを原作にしたシドニー・ポワチエ主演の『夜の大捜査線』はもっとも好きな映画のひとつです。レイ・チャールズが歌う冒頭シーンの“In the Heat of the Night”もアメリカ南部のうだるような夏の夜の熱気を謳いあげてすばらしい。今回調べてわかったことですが、この映画の音楽監督(?)はクインシー・ジョーンズだとか。僕はこのひとの音楽はあまり好んでは聞かないので持っているLPも一枚だけですが、この映画音楽を聴くとさすがと言わざるを得ない、素直に敬服します。そして、ここに出ている白人保安官役のロッド・スタイガーもよかったですね。この人は、この後たしか『質屋』という映画で主演していましたが、地味ながら僕のなかでは名優のひとりとして記憶に残っています。このあと、シドニー・ポワチエは『招かれざる客』でキャサリン・ヘプバーンとスペンサー・トレイシーなどと共演していますが、これも何度見てもいい映画だと思う。

ジョン・ボールには、ほかに同じくヴァ―ジル・ティップスが主人公の『白尾ウサギは死んだ』や自らの経験に基づいた『航空救難隊』があるが、僕はほとんど印象に残っていない。この作家の奥様は日本女性だったようで、そのこともあってジョン・ボールは英米のミステリー作家のなかでも一番の親日家だったといいますし、ヴァ―ジル・ティップスだけでなく作家ご本人も空手と柔道の心得があったらしい。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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