心に残る黒人女性歌手たち


前回、ジョン・ボール『夜の熱気の中で』で、物語の背景として1960年代のアメリカ南部に色濃く残る人種差別意識に触れた。それに触発されたわけでもないけれどもちょっと寄り道をして、いままで聴いてきた音楽のなかから心に残る黒人女性歌手や彼女らの歌について書きつけてみた。

ビリー・ホリディのアルバム『奇妙な果実』。タイトル曲“奇妙な果実(Strange Fruit)”が意味するものは「木にぶら下がった黒人の屍」であり、まだ黒人蔑視が当然の社会風潮だった時代にリンチで殺された黒人の悲哀を抑制されたトーンで歌った曲として知られる。古い録音のせいなのかもしれないが、個人的な印象としてはすでに見るべきものは見、知るべきものは知ってしまったとでもいうような何か突き放した歌いかたで、乾いた悲しさがかえって凄絶な印象をあたえている。

また、油井正一氏と大橋巨泉氏の共訳による同名の自伝も晶文社から出版されていて、ずいぶん昔に買って読んだおぼえがある。後年、この自伝は彼女自身によるものではないとされているようだが、そのこと自体ビリー・ホリディ自身はもちろんのこと、少しもこの本の価値を貶めるものではないし、ここに書かれてあることが事実か否かなどの詮索にも何の意味もない。どれだけ読者の心を揺すぶることができたかどうかだけがこの本の価値を決め得る唯一の物差しなのだ。

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<晶文社は、白水社やみすず書房とならんで時折いい本を出す>

マヘリア・ジャクソンのアルバム、『ニューポートのマヘリア・ジャクソン』。最初にこのひとの歌を聴いたのは映画『真夏の夜のジャズ』(”Jazz On A Summer’s Day”)だ。よく知られているように1958年の第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルを記録した映画だが、東京オリンピックを映像に記録した市川昆氏の作品が単なる記録映画ではないのと同じように、この映画もまたはるかに記録映像のレベルを超えた作品です。彼女が登場するこの映画のラストシーンは、神聖でいながら熱情に満ち、静謐でいて実に圧倒的だ。簡単にご紹介しますと、会場にポツリポツリと雨が降り始めたフェスティバル最後の土曜日の深夜12時過ぎ、登場する彼女を紹介する司会者の言葉が実にいい。

 Ladies and Gentlemen. It is the Sunday Morning. And it is the time for the world greatest gospel singer, Miss Mahalia Jackson.(会場の皆様、日曜日の朝を迎えました。世界最高のゴスペルシンガー ミス マヘリア・ジャクソンをご紹介します。)

それに応えて静かに熱唱するマヘリア・ジャクソンは、雨の降りしきる深夜の会場から立ち去ろうとしない聴衆に対して一言感動的な感謝の言葉を発します。

 You make me feel like a Star.(まるでスターになったみたい)

赤面しながら告白します、映画が終わって明るくなった後も止めどもなく涙が流れてしばらく劇場の席を立つことができなかったことを。世間の埃をかぶりながら身過ぎ世過ぎを送ってきた三十数年、相応にスレッカラしてしまっていたはずですが、まだ素直に何かに感動することができる自分がそこにいて、とてもすがすがしい気持ちになれたことを今も鮮やかに憶えています。それは、その後藤沢周平の『蝉しぐれ』を読み終えたとき静かに胸のうちに湧き上がってきた熱い思いと似た感動だったように思います。

ニーナ・シモン。手許のアルバムは『シングズ ザ ブルース”Nina Simone Sings The Blues” 』(1967)と『Emergency Ward』(1972)の2枚だけだ。1960年代に黒人公民権運動の渦中に飛び込んだといわれるが、そのことを切り離したとしても彼女の歌には人の胸の奥深い部分を揺さぶるものがある。ただ、彼女のフレーズのくずしは個人的にはいまひとつとけこめないところがある、というのがいつわらざる印象です。

ニーナ・シモン -手許の2枚のアルバム-

ニーナ・シモン -手許の2枚のアルバム-

 

ロバータ・フラック。手許には『ファースト・テイク”First Take” 』(1969)しかないが、これだけで十分だ。これを書くために少し彼女のことを調べていたら、あるブログに同じ想いを書いていた方がいて、これを凌ぐ表現がみあたらないのでそっくりそのままお借りしたい。

『(このアルバム『ファースト・テイク 』は)これから動き出そうとする彼女の胎動が聞こえてきそうなニュアンスをもつ味わい深い作品・・・・』

個々の曲の印象をまとめてみると、“Compared to What”や”Angelitos Negros”がともに深く沈潜した熱い情熱を感じさせる一方で、日本でも『愛は面影の中に』という邦題でヒットした“The First Time Ever I Saw Your Face”には初々しさやすがすがしさが感じられ、“Our Ages Or Our Hearts” は若さにあふれていながらも、せつなさや時代の悲しみを切々と謳いあげていて、極端な言いかたをすればこのデビューアルバムにはすでに彼女の全てが込められているといってもいいほどだと思う。

以上、とりとめもなく琴線に触れた黒人女性歌手について書きとめてきたが、実はもうひとり大切な人が欠けている。エラ・フィッツジェラルドです。ただ、彼女についてはここで綴るよりもあらためて別の機会にふれるほうがいいような気がしていますので、その折まで大事にとっておくことにします。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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