先に『目くらましの道』を読んで印象深かったので、著者ヘニング・マンケルの第一作である本書を手にとってみた。
初雪の気配につつまれた一月八日午前五時すぎ、事件の通報は入った。夜明けにはまだほど遠いなか、その農場に駆けつけたイースタ暑の刑事ヴァランダーが目にしたのは凄惨な光景だった。老夫は惨殺され、虫の息の妻も病院で「外国の・・・・」という言葉を残して息絶えた。異常ともいえる暴力的な犯行と殺された老夫の秘められた過去が浮かび上がるにつれ、深い恨みをもった近親者による犯行の可能性が高いと刑事たちは丹念な捜査を進めるのだが、仮定は次々にくずれてゆくのだった。北欧スウェーデンの南部、スコーネ地方の都市イースタを舞台に繰り広げられる地道な警察捜査を描きながら、ヴァランダーという生身の刑事個人の苦悩と病める現代社会を浮かび上がらせたヘニング・マンケルのシリーズ第一作。
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マイ・シューヴァル&ペール・ヴァルーによる刑事マルティン・ベックシリーズから二十年あまりを経て、再び登場したスウェーデンの警察小説だ。
本場アメリカの警察小説といえば、古くは『失踪当時の服装は』のヒラリー・ウォーも思い浮かぶが、誰もが挙げるのはエド・マクベインの87分署シリーズだろう。物語の舞台である架空の街アイソラはニューヨークそのものであり、日々そこで起きる事件を追う刑事たちの等身大の姿を描いて一世を風靡した物語だ。このシリーズは病める現代社会のゆがんだ姿や刑事たちを通して都会に生きる人々の実像を描き出して読者に深い共感を呼んだのであるが、一方そこにはある種の詩情とでも呼んでもいいロマンティズムや青春小説の瑞々しさがあったり、あるいは事件の深刻さとは対称的にカラッと乾いたユーモアや軽妙な笑いもあって、それらが大きな魅力だったといえる。
それに対して、北欧スウェーデンの警察小説は新旧を問わず現代社会の不幸やゆがみをそのまま鏡に映したような描写で、先のみえない捜査に明け暮れる刑事たちの表情も苦渋に満ちている。このように北欧の警察小説は、いわば救いのない暗さに閉ざされているのであるが、それじゃあ途中で読むのを投げ出すかといえばそうではなくていつの間にか読み通してしまっている自分がいる。読み通させるもの、ひと言でいえばここには現代に生きるわれわれを共感させる厳然としたリアリティがあるのだ。
マルティン・ベックシリーズ以来遠ざかっていた北欧ミステリーが再び話題を呼んでだいぶたつが、遅まきながらそれらのなかから何冊かを読んでみて、昨今の英米ミステリーより好みであることに気づかされた。
- 『泥棒は抽象画を描く』 ローレンス・ブロック
- 『狙った獣』 マーガレット・ミラー
- 『死の贈物』 パトリシア・モイーズ
- 『運命』 ロス・マクドナルド
- 『センチメンタル・シカゴ』 サラ・パレツキー
- 『クロイドン発12時30分』 F・W・クロフツ
- 『ヒューマン・ファクター』 グレアム・グリーン
- 『裏切りの国』 ギャビン・ライアル
- 『世界堂書店』 米澤穂信 編
- 『警官(さつ)』 エド・マクベイン