紙の動物園(ケン・リュウ短編傑作集1) ケン・リュウ


中国系アメリカ人作家、ケン・リュウ(劉宇昆)の短編集。
さきに出た日本国内編集ペーパーブック版の『紙の動物園』がずっと気にかかっていたのだが、値段のせいもあってためらっていた。このほど、そのなかから選りすぐった文庫版が出たので一も二もなく手にとってみた。
一体に、物語の書き手というのは、想像力とかイメージを生み出す元になる引出しの多さが重要なのだと思うが、この作家の想像力はとどまるところを知らないほど自由だ。

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

著者/訳者:ケン リュウ

出版社:早川書房( 2017-04-06 )

定価:

Amazon価格:¥ 734

文庫 ( 263 ページ )

ISBN-10 : 4150121214

ISBN-13 : 9784150121211


ぼくの母さんは中国人だった。香港で母さんと出会った父さんは母さんをアメリカに連れ帰ったのだ。泣き虫だったぼくに母さんがクリスマス・ギフトの包装紙をつかって作ってくれる折り紙の虎や水牛は、みな命を吹きこまれて生き生きと動き出した。魔法のような母さんの折り紙だけがずっとぼくの友達だった……。

巻頭の「紙の動物園」は静かに心を揺さぶられる作品だ。
間違いは、電車のなかでなにげなく本書を手にとったことだった。
亡くなった母親との関係が綴られた物語を読みすすむ僕を、鼻の奥がツーンとするあの感覚が襲ってきた。こともあろうに、電車のなかで不覚にも涙をこらえることができなくなってしまったのだ。振り返ってみて、ヒト様に言えるほどの苦労らしい苦労をしてきたわけでもない。それでも、いっぱしに世間のアカを浴びてきたいい年をした大のオトナに人前で涙を流させるものがこの小編にあったのだ。
なによりもこの物語が僕を揺り動かしたのは、折り紙を通して母親とつながっていた幼い頃から無意識のうちに母親を遠ざかけるようになる少年期の心のゆらぎであり、ほどけた折り紙の裏に綴られた今はない母の思いがかたくなな感情を溶かしてゆくのだが、その母の思いに気づいたときはもう取り返しようもないのだ。

脳裏に思いもかけず遠い昔の記憶がかえってきた。
高校の入学式当日、土砂降りの雨にもかかわらず精いっぱいの着物を着た母親と連れ添って歩くのがわけもなく恥ずかしくて、他人のようなフリをして歩いていた自分が思い出されて、それがこの物語の母と子の関係と重なったのである。
思春期からおとなにむかう中途半端な時期の男子にとって母親とは、少なからず距離を置きたい存在でもあるのだが、ある程度歳を重ねてくると母親を疎んじていたことがどんなにか彼女を傷つけていたのかが痛切にわかるときがある。往々にしてそれがわかったときはすでに取り返しがつかないのだが、それにもかかわらず母親はすべてを包み込んでにこやかにほほ笑みかけている存在なのだ。

本書をこれから手にとられるあなた、この物語は決して人前で読んではいけません。
僕からのささやかな助言です。

 


atmos-nwp

atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
カテゴリー: 海外ミステリー パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*