『本願寺』 井上鋭夫


本書は、五十歳で早逝した気鋭の中世史研究者、井上鋭夫による真宗本願寺通史である。
ずいぶん前に一読したのだが、理解したとはとてもいえなかったので、身内の不幸を機に読み返してみた。

著者井上鋭夫(いのうえ・としお)の経歴は次のとおりである。

1923年2月18日-1974年1月25日。
石川県生まれ。1948年東京大学文学部国史学科卒。跡見学園を経て、1951年新潟大学人文学部助手、同学部助教授、教授を歴任後、1968年金沢大学法文学部教授。1971年「中世末期における一向一揆の研究」で東京大学から文学博士の学位を授与される。『一向一揆の研究』(吉川弘文館,1968)は中世政治経済史の名著とされる。1974年(昭49)、50歳で病没。

出版元である講談社の本書の紹介文を引いておく。

日本史に大きな足跡を残す真宗本願寺の歴史。中世から時代を超え発展してきた教団。親鸞の跡目争い、大教団完成、信長との抗争、東西分裂等、社会・政治状況と絡まって展開してきた歴史を客観的に考察する。

本願寺 (講談社学術文庫)

著者/訳者:井上 鋭夫

出版社:講談社( 2008-10-10 )

定価:

文庫 ( 296 ページ )

ISBN-10 : 4061598961

ISBN-13 : 9784061598966


鎌倉期、越後への配流赦免後も京都から遠く離れた東国で布教に専念する親鸞に発する真宗は、名前さえ定まらないほどの細々とした東国の一宗派に過ぎなかった。洗練や教養とは無縁の地方の一宗派が日本史の表舞台に登場するには、さらに娘覚信尼による大谷廟堂建立と曾孫覚如による事実上の本願寺成立後もなお百年余に及ぶ雌伏の時代を必要とした。本願寺の飛躍的拡大の契機は、よく知られるとおり中興の祖と呼ばれる八世蓮如の登場であった。彼は各地への精力的な布教行脚をいとわないことで「ムラ(村)」丸ごとの強固な信仰を獲得する一方で、「御文」という説法文によって巧みに「親鸞ブランド」の活用を図るとともに、二十数人に及ぶ子女を各地の寺院に配するなど一族の「血」によって勢力拡大と結束強化を進めた稀代のオルガナイザーであった。蓮如による本願寺宗の飛躍的拡大は、やがて戦国大名を凌ぐほどの力を誇る一大教団として戦国期日本の表舞台に登場するにいたる。
さらに、後代に至って東西本願寺の分裂を経ながらも今日にいたるまで、時の政治権力といかに接近または離反しながら存亡の危機を巧みに切り抜け、社会経済の変化に柔軟に順応しながら共同体としての構造を確固としたものに拡大発展させてきたのか。その成立から近世に至るまでを記述した本書の最大の特徴は、著者の歴史をみる眼の「客観性」にあるだろう。

本書に真宗の経典解説や教義理解を期待してはいけない。
井上鋭夫の眼は、あくまでも史料の深い読み解きに基づく公平な冷静さに貫かれている。はしがきに著者はこう記す。

私は本書において、この本願寺の数奇な波瀾に富んだ発展過程を客観的に考察し、その発展の背景をなす日本の社会・経済・思想と関連させつつ叙述しようと試みた。その点これは本願寺の科学的由緒書のつもりであり、本願寺発展の謎に対する一つの解答でもある。

しかし、その一方でたとえば同じ著者による『信玄と謙信』(1964)のはしがきには次のように記されている。

人が人を語ることは、また自分自身を語ることでもあると思う。本書で謙信と信玄の両雄を論ずることは、人間的にも学問的にも未熟な私自身を漂白するにほかならないのであるが、乱世に苦悩しつつ自己の運命を切り拓いていった名将の生涯に心を寄せる一人として、私は本書を草したつもりである。  (昭和三十八年十二月十日)

ここには、史実の精確で客観的な記述を標榜する四十歳の史学者に秘められた熱くたぎる思いがはからずもあられており、氏が小林秀雄らの影響を強く受けていたことがうかがえる一文でもある。このことは、若く鋭敏な歴史研究者の冷静な姿勢の裏に、苦闘する人間の歴史を凝視しようとする情熱が隠されていることを見逃してはいけないのだ。

謙信と信玄 (読みなおす日本史)

著者/訳者:井上 鋭夫

出版社:吉川弘文館( 2012-08-01 )

定価:¥ 2,484

Amazon価格:¥ 2,484

単行本 ( 273 ページ )

ISBN-10 : 4642063854

ISBN-13 : 9784642063852


上杉謙信

著者/訳者:井上 鋭夫

出版社:新人物往来社( 1983-01 )

定価:

単行本 ( 341 ページ )

ISBN-10 : 4404001037

ISBN-13 : 9784404001030


井上鋭夫には、さきにも引いた『信玄と謙信』のほかにも『上杉謙信』(1966)など、よく知られた人物をテーマにした著書がある。読みやすさという点に限れば後者のほうに傾くが、これもいわゆる読み物的な内容とは異なり、徹底した現場踏査と史料の精緻な読込みに裏付けられた書である。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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