英国推理作家協会(CWA)の2013年ゴールドダガー受賞作だそうだ。
バスのなかでひっそりと死んだ老人は元スパイだった。誰ひとり疑惑を抱く者もいないまま忘れ去られようとしていた老人の死だったが、ひそかに追跡するひとりの男がいた。「スパイは死ぬまでスパイだ。スパイが死んだなら、そこには必ず何かがあるはずだ」。閑職に追いやられた情報部員集団”泥沼の家”のリーダー、ジャクソン・ラムは、”ディッキー・ボウ(蝶ネクタイ)”というあだ名をもつ小物の元スパイが残した”蝉”という一言のメッセージにたどり着く。
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ラムと、旧ソ連のスパイでいまはロンドンに住むニコライ・カチンスキーとの間でかわされる会話は暗示的だ。
「蝉は昆虫だ」
「ああ。奇妙な昆虫だ。じつに変わった特徴を持っている」
「おいおい」ラムはむっとしたような口調で言った。「わしが知らんとでも思っとるのか」
カチンスキーはかまわず続けた。「蝉は長いこと地面のなかにいる。場合によっては十七年も。そのあと、地上に出てきて、鳴きはじめる」
「もしそれが暗号だとすれば、その意味するものは一つしかない」
”蝉”という名をもつ長期潜伏情報員(スリーパー・エイジェント)の存在を告げた”ディッキー・ボウ”のメッセージを軸にしてかわされる虚虚実実の駆け引きは、やがてはたして実在したのかさえベールに包まれたアレクサンドル・ポポフという旧ソ連の情報局リーダーの姿を浮かび上がらせていく。
前半はいかにも英国らしい諧謔に満ちたやりとりがみられる静の部分で、英国スパイミステリーの伝統を受け継いだ玄人好みのする渋さで進んでゆく。それに対し、後半部では派手な活劇的展開が繰り広げられた挙句に決して表に出てくることはない”MI5″などというストレートな名称が表立った会話でかわされるなど、ひょっとして映画化を意識したんじゃ?とでも疑いたくなりそうなドタバタ劇に明け暮れてしまっている。
読み終えて、一体どんな物語を読んだんだっけ?と首をかしげてしまうようなとりとめのなさと空白感に襲われてしまい、もう一度ル・カレに戻ってみようかとふと思ったのだった。
- 『招かれざる客たちのビュッフェ』 クリスチアナ・ブランド
- 『死者を鞭打て』 ギャビン・ライアル
- 『暗い鏡の中に』 ヘレン・マクロイ
- 『蜜蜂の罠』 フランク・パリッシュ
- 『おだまり、ローズ』 ロジーナ・ハリソン
- 『泥棒は詩を口ずさむ』 ローレンス・ブロック
- 『侵入』 ディック・フランシス
- 『ママのクリスマス』 ジェイムズ・ヤッフェ
- 『道化の死』 ナイオ・マーシュ
- 追悼 P・D・ジェイムズ