私立探偵 -その3 現代ハードボイルドの貌-


ローレンス・ブロックの『八百万の死にざま』を取りあげます。
主人公は無許可の私立探偵マット(マシュウ)・スカダー。刑事だった何年か前、拳銃強盗との銃撃の際、撃った流れ弾が誤って幼い女の子の命を奪ってしまった過去をもつ。そのことが引き金となってアルコール中毒に陥り、警察もやめた。離婚もそのことと無関係ではないかもしれない。

はじめ、この物語を手にすることはためらわれた。腰帯の“裸の街のアル中探偵”が想像させるように、暗い小説なのだろうな、というイメージが頭に植えつけられてしまったせいだ。けれど、泥棒バーニーシリーズの作家だ、ただ暗いだけじゃないはずだ。無理やり言い聞かせるように、自分への暗示めいた期待だけを頼りに手にとってみた。結論をいいます。ローレンス・ブロックという作家は、やはり手練れのストーリー・テラーだ。こなれたプロットの作り手といったほうがいいか。暗さに辟易することも、退屈することもなく読み通すことができた。

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マット・スカダーは、足を洗いたいという高級コールガールの代理人を引き受けた直後、彼女は惨殺される。当然、交渉相手である彼女のヒモの犯行かと思われたが、逆にそのヒモから捜査を依頼されたことからスカダーの孤独で執拗な犯人捜しが始まる。地道な捜査を続けるスカダーと依頼人チャンスとの間にかわされる会話は、ひとを訪ね歩き話を聴くという退屈な作業の繰り返しこそが私立探偵に求められるもっとも重要な要諦であることをくっきりと浮かびあがらせている。

「あんたはなんでもかんでも追いかけるんだね。そんな仔猫みたいな小さなことまで。まさに骨を探しまわる犬だね」
「捜査というのはそういうものさ、ゴヤコッド」
「なんだ、それは?」
「ゴヤコッド」と私は言い、スペルを教えた。「”ケツをあげてドアをノックしに行く“(Get Off Your Ass And Knock On Doors)の略さ」

ローレンス・ブロックは魅力的な男性を描くのが得意だ。この小説でいえば、チャンスという名をもつ高級コールガールのヒモである。
これは僕個人の偏見かもしれないが、ふつうヒモといえば女性を食い物にする男の片隅にもおけないヤツ、という固定したイメージがある。しかし、ここで描かれるチャンスというヒモは従来型のそういった固定観念とは全く異なる男として登場する。ロングアイランドにあるホフストラ大学(難関らしい)時代にベトナム戦争に駆り出されたときの体験から帰国後この道に入ったが、麻薬や暴力とは無縁であるどころか、ギャンブルやアルコールさえ触れることはない。ブルックリン北部の閑静な住宅街に自分好みの改造をほどこした家に住み、アフリカ美術への造詣は趣味の域をはるかに超えている。商品である女性らに好みの内装を施した住み心地のいい部屋を用意し、家賃はもちろん電話代を含めた諸経費一切合切を払う。生活臭とは無縁の自由気ままな日常を過ごせるようにあらゆる瑣末事を引き受けるのはもちろん、彼女らに似合う服も装飾品も金に糸目をつけずに選んで買って与える。彼女らが稼いだ金をくすねても全く気にすることはなく、女性たちが足を洗いたいといえば「それは彼女の自由だ。俺は何も強制してはいない」という。
それに比べると、ローレンス・ブロックの魅力的な女性の描き方は、もちろん十分にうまいと思うのだが得意とはいえないように思う。それが何なのかはよくわからないというのが正直なところだが。

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最後に、物語の舞台ニューヨークは、手がかりを求めて訪ねた刑事ジョー・ダーキンとの会話のなかでこんなふうに描かれている。

「覚えてるかい、この番組?何年か前テレビでやってた」
「ああ、憶えてる」
「毎回番組の終わりに今言った台詞がはいるのさ。“裸の街には八百万の物語があるのです。これはそのひとつにすぎないのです。”ってな」
「ああ、覚えてるよ」
「八百万の物語か」と彼は言った。「この腐りきった、くそ溜めみたいな市(まち)に何があるのかわかるかね? 何があるのか? 八百万の死にざまがあるのさ」

エド・マクベインの八十七分署の世界と同様に、この小説もまたすさんだ街ニューヨークを抜きにしては存在しえなかったのだ。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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