『ダウンタウン・シスター』サラ・パレツキー -強く美しいヴィク-


およそ一年前、このブログの記念となる第一回目に魅力的な女性私立探偵としてP・D・ジェイムスの『女にはむかない職業』とともに『サマータイム・ブルーズ』をとりあげて以来、二度目のサラ・パレツキー作品です。本書は、この作家の作品でおなじみの女性私立探偵、V・I・ウォーショースキーが登場する作品としては6作目にあたるようです。

例によって早々と物語の内容から横道にそれるが、この文庫シリーズを手にとるときにいつも感じるのは表紙を飾るカバーデザインのかっこよさです。今回も鮮やかな朱色のノースリーブ姿でスミス&ウェッソン・リボルバーを構えるウォーショースキー(愛称ヴィク)が描かれている。江口寿史(ひさし)という漫画家が手がけているそうだ。キリッと自立した女性の理想像のひとつがここにあるといってもいいでしょうが、ヴィクのような強い女性にあこがれるのは僕のような意気地なしと決まっていて、当然のことながら彼女はそんな男など歯牙にもかけないのだ。

ダウンタウン・シスター (ハヤカワ・ミステリ文庫)

著者/訳者:サラ パレツキー

出版社:早川書房( 1989-09 )

定価:

文庫 ( 491 ページ )

ISBN-10 : 4150753555

ISBN-13 : 9784150753559


本来弁護士であり、私立探偵でもあるヴィクの得意とする分野は企業の金融調査だが、亡くなった母ガブリエラと親しかったルイーザの娘キャロラインから父親捜しを懇願される。未婚の母として生きてきたルイーザは重病で終末期を迎えた今も決して父親の名を明かそうとはしない。そんな娘の願いを聞き入れた父親捜しの調査は、いつしか長年ルイーザが働いていた化学会社の垂れ流しによる環境汚染や劣悪な労働衛生環境をめぐって隠蔽されてきた秘密をあばき出すことになっていく。シカゴの裏社会を牛耳る市議会のボスや莫大な資産をもつ化学会社の会長とその嘱託医などがからんで、巨額の補償問題に発展しかねない一触即発のきな臭さをはらみながら、ヴィクはひとり姿を見せない脅迫者と対峙してゆく。彼女は心身ともに痛み傷つきながらも強靭だ。マフィア並みのギャングに襲われて人知れず冷たく汚れた沼に沈められそこねたり、暴力的な描写もあったり、女性とはいえ本書の彼女は過激だ。執拗な脅しにも決して屈しない。

そして、事件のきっかけとなった父親捜しは考えもしなかった結末を迎え、暗く歪んだ悲劇性に彩られてゆく。そんななか、ヴィクとは真逆の生き方を歩まざるを得なかった老いた企業嘱託医の妹ミズ・チグウェルとヴィクとのあいだにかわされる会話は、時代と社会のはざまで生きていく人間の琴線にふれるようなところがある。だいぶ長くなるが、ほぼ全文を引用しておきたい。

「私の時代には、若い女性が家庭の外で生きていくなんて考えられなかったわ」唐突に彼女がいった。
「結婚するのが当たり前だった。(略)父はここで医者をやっていたの。わたしもよく父を手伝ったわ。十六のころには、単純骨折の手当もできたし、熱を出した患者の治療もできるようになっていた。でも、大学に進んで医者の勉強をするときがくると、それはカーティス(兄)の役目になったわ。」 彼女は険しい顔でわたしを見た。
「あなたは行動力のあるお嬢さんね。自分のしたいことを押し通し、人からノーといわれても引き下がらない。わたしも、あなたぐらいの年にそういう気骨があったらよかったと思うわ、本当よ」
「ええ」わたしはやさしくいった。「でも、わたしには助けがあったから。母は知らない国で一人ぼっちで一生を終えた人なの―――英語もろくにしゃべれなかった。できるのは歌うことだけ。おかげで死ぬほど苦労したから、子供だけは自分みたいに無力で臆病な人間にしたくないって決心したの。助けがあるとなしとでは大違いよ。自分一人の力で人生を切り開くべきだったと考えるのは、ご自分にきびしすぎるんじゃないかしら」(略)
ミズ・チグウェルはわたしの顔に浮かんだ思いをいくらか読みとったにちがいない。「同情はけっこうよ。わたしの人生にだって、幸福な時間はたくさんあったわ。それに、自分を哀れむ気はないわ」


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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