『度胸』ディック・フランシス 


ディック・フランシス『度胸』を読み返した。

本書の主人公はロバート・フィンという青年である。彼を取り巻くフィン一族に脈々と流れるのは”音楽”の血、それも例外なく一流の演奏家として名を成す血脈だ。自分たちの息子ロバートにその血のひとしずくすら流れていないと知った父母の落胆は大きく、一族や父母の期待に応えられない引け目を背負った息子は、唯一自分の個性と能力を発揮できる道であるプロの障害競馬騎手として生きることを選択する。

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一方、競馬界にかかわりの深い名門の家に生まれながら、生来のアレルギーのために馬との直接的な接触ができない男の負い目とゆがんだ憎しみがむかった先は何の罪もない騎手たちへの邪悪な妨害工作だった。主人公ロバート・フィンと犯人である男に共通する深い負い目が交錯しながら物語は展開してゆくのだが、両者の対称が明確なだけにおのずから犯人は明らかで、本書に謎解きミステリーといった性格を期待してはいけません。本書で描かれているのは、自己の才能の欠如を黙って受け入れたうえで別の道を切り拓こうとするのか、それとも他者を貶めることで残酷な優越感に浸るような否定的な人生を歩むのか、人生の岐路を分けるときに大切なのは勇気をもって踏み切るためのわずかなきっかけと、黙って背中を押してくれる周囲の人間の存在なのだということです。

ディック・フランシスの作品を読んでいつも感じるのは、競馬や狩猟に代表される英国伝統の文化を支えているのは、良くも悪くも脈々と受け継いできた貴族階級の特権意識であるということだ。彼らは、一体に鼻持ちならないほど慇懃で高慢無礼な人種ではあるが、なかにはひとたび紳士としてのふるまいを要請されるやいなや絵に描いたような騎士道精神そのものの勇敢さとやさしさを発揮するものがいて、時としてそれがフランシス作品のなかで重要な役割を果たすことがある。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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