短編の名手たち


今回は短編集、それもちょっと奇妙な味やしゃれたヒネリと毒をもつ短編集とその作家たちを取りあげてみたい。といっても変化球や隠し玉はありません、誰もがうなずかざるを得ないほどよく知られた短編の名手たちに登場いただくほかはないでしょう。

まずは、ヘンリイ・スレッサーです。僕の本棚の短編集は『うまい犯罪、しゃれた殺img_006_1人』、『ママに捧げる犯罪』、『夫と妻に捧げる犯罪』、ちょっと変わったところでは『怪盗ルビイ・マーチンスン』でしょうか。さすが長年にわたってヒチコック劇場の専属脚本作家を務めていただけに、この作家の短編は都会的でシャレているうえにヒネリのきいたオチがほんとに愉しい。アルフレッド・ヒチコック編による第二短編集『ママに捧げる犯罪』にヒチコック自身が寄せた一文がその面白さや愉しさをあますところなく言いあらわしています。  ちょっと引用すると、

『たとえあなたがドロボーでも、この本はお金を出して買って下さい。ゆめゆめクスネたりしてはいけま せん。そういう種類の犯罪を描いた本ではないのですよ、これは。さて、ここにある犯罪の物語ですが、どれ一つとっても心温まる傑作で、ドロボーの計画を考える暇もあらばこそ、すっかり夢中になってしまうこと請け合いです』
優れたプロデューサーがお気に入りの作家の作品を語るとき、その文章は作家の作品にも決してひけをとらないほどウィットとヒネリのきいたものになるという見本でしょう。この作家には、このほかに長編『グレイフラノの屍衣』がありますが、僕はとりたてて印象に残っていません。

次に挙げたいのはスタンリイ・エリンの『特別料理』(早川書房 異色作家短編集2)です。最初に出てくるタイトル作品には感服しましたね。このほかに強く印象に残っているのは『九時から五時までの男』ですが、『特別料理』には収録されてはいなくて『スペシャリストと犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選8』(’84)に収録されていたのを読んでいたことがわかりました。それ以外にも、この作家の短編は、『アプルビー氏の乱れなき世界』、『ブレッシントン計画』、『エゼキエレ・コーエンの犯罪』など、練りに練ったプロットで奇妙な味と苦い皮肉に富んだ数々の作品があります。 ところで、僕はいつも『特別料理』の表紙カバーの絵がタイトルのイメージをあますところなく表現していてどんな装幀者なのか気になっていたのだが、畑農照雄という画家だそうで残念ながら2004年にお亡くなりになったそうだ。この作家には長編『第八の地獄』もありますが、ヘンリイ・スレッサーと同様に僕にはあまり印象が残っていなくて、例によって本棚に眠ったままの状態が長年続いています。やはり短編の名手というのが、この作家の代名詞でしょう。

最後のトリは大御所のご登場、ロアルド・ダール。田村隆一訳の『あなたに似た人』、そして『キス・キス』は開高健の訳ですが、『キス・キス』の腰帯に書かれたコピーを引用しておきます。

『女性恐怖症のあなたに、日に一篇、重症の場合は三篇以上。どんな患者にもダールは力を貸してくれます! 皮肉な想像力にとんだ11篇を収録。』img_006_3

いかかですか、こんな短編? 次は何回も読み返してボロボロになりかけている『あなたに似た人』で、僕の印象に強く残っているのは「おとなしい凶器」、「味」、「南から来た男」で、いずれも奇妙な味と苦味のあるユーモア、それにあとから一瞬ゾッとする怖さが何ともいえない複雑な味わいを出している。

この作家にはこの他にも、第二次大戦中のパイロット経験をもとにした『飛行士たちの話』があったり、イアン・フレミングの『007は二度死ぬ』や『チキ・チキ・バン・バン』といった映画の脚本を手がけたかと思えば、『オズワルド叔父さん』とその続編『来訪者』、『王女マメーリア』など、ちょっとエッチな大人の童話で読者をくすぐってくる。そうかと思えば、孫に読み聞かせるために書いたともいわれる『チョコレート工場の秘密』をはじめとする数々の少年少女向け童話など、この作家のふところの深さと枯れることない豊かな想像力にはただ敬服するしかありません。


atmos-nwp

atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
カテゴリー: 海外ミステリー パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*