女には向かない職業


最近、といっても年末年始の休みのことだからもうだいぶ前になるが、たぶん二十年以上ぶりに、P・D・ジェイムズの『女には向かない職業』とサラ・パレツキーの『サマータイム・ブルース』を読み返した。
二冊を選んだことにはとりわけ何の意味もないが、読み終えてこの二冊に共通するかなり多くの点に軽い驚きをおぼえてしまったので、興味のままにここに書きつけておきたい。

まずは、いずれも女流作家の手による作品であり、主人公が女性私立探偵であること。前者は二二歳の若く初々しい探偵コーデリア・グレイ、そして後者はおそらく三十代後半と思われる颯爽とした女性探偵V・I・ウォーショースキーです。こうしてみると、あらためて名前ってとても大事だなぁと思いませんか。どちらも一度聞いたら忘れないくらい、ストンと胸に落ちてくる響きがあって、しかも彼女たちの姿や性格を含めたイメージがとてもよくあらわれている(もっとも、これは読んだ後になってわかることだけれど)。

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ここでちょっとより道になりますが、日本の作家で名前の名手といえば藤沢周平でしょう。スレッカラシの本読みである文芸評論家秋山駿をして、『気がつけば夜が明けていたにもかかわらず、少年の日に還ったようなすがすがしい読後感』(意訳です)を与えた『蝉しぐれ』の主人公牧文四郎をはじめ、『三屋清左衛門残日録』の主人公その人や、数々の物語を彩る女性にも印象的な名が残ります。たとえば『宿命剣鬼走り』の浅尾や以久、『女人剣さざ波』の邦江、満尾、『悲運剣芦刈り』の奈津、『必死剣鳥刺し』の里尾、『鱗雲』の秋尾、理久、『花のあと』の以登など枚挙にいとまがないほどです。
さらにいえば、タイトルのよさだ。『女には向かない職業』の原題”An unSuitable Job for a woman”というのは、周囲の人々がコーデリアに言った言葉そのものだが、風にむかって進むコーデリアのストイックな芯の強さを逆説的に浮かびあがらせるタイトルといえます。そして、『サマータイム・ブルース』の原題はといえば「賠償金」を意味する“Indemnity Only”。この小説の内容を示唆する言葉であって必ずしも邦題との関係はありませんが、日本語訳の山本やよい氏の命名のセンスが光っているとは思いませんか。その後、このシリーズは『レイクサイド・ストーリー』や『ダウンタウン・シスター』と、なかなか魅力的なタイトルが7、8作続くことになる。ここでもちょっと脇道に入ってしまいますが、ディック・フランシスの全作品につけられた二文字の邦題(代表格は『興奮』、それとも『利腕』かな)はそれなりに原題と関係があると思いますが、これもまた訳者菊池光氏のなせる技を感じさせておもわずうなってしまいます。

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二番目の共通点は、私立探偵を名乗るからには当たり前といえば当たり前のことだが、二人とも頭が切れること。もっとも、コーデリアのほうは革命詩人を名乗る父親に引きずり回されて海外を転々とする時代が長かったことからあまり正式な教育は受けていそうもないが、修道院で生活していた頃はケンブリッジをめざしていたというくらいだから、相当な頭脳なのは間違いなさそうだ。一方のウォーショースキーは、生まれ育った地であるシカゴ大学のロースクールを卒業後気鋭の弁護士として活躍していた時代があり、文字通りバリバリのキャリアウーマンだ。

共通点はまだある。二人ともそれとなく背中を見守っていてくれる、いわば後見人ともいうべきずいぶんと年長の男性がいること、しかも二人とも現役の警察官あるいは元刑事である点だ。もっともコーデリアのほうは、後見人であり共同経営者でもあるバーニー・プライドの自殺から物語が切り出され、彼の死んだあとには一丁の拳銃とプライド探偵事務所が託されることになるから、これからはたった一人で生きていかなければならないのですが。一方のシカゴの女性探偵ウォーショースキーはといえば、いまは亡くなった父親が警察官だったことから、元同僚のマロリー警部補がなにくれとなく背中を見守っていてくれるといった構図で、愛称である“ヴィク”とすれば時にはけむたくうるさい存在として描かれています。

そして、二人ともけっこうオシャレ好きなことも共通している点で忘れてはいけませんが、正直なところこの領域について僕は語る力も自信もありません。ただ、“ヴィク”がアザだらけの顔をお化粧でうまく隠してデートの際に身に着けるドレス選びの様子は、さすがに女性作家の細やかな描写力が感じられます。そして、江口寿史氏によってハヤカワミステリ文庫の表紙に描かれた“ヴィク”の美しさと颯爽とした姿に魅せられてつい買ってしまったという男性諸氏も多いのでは。いやいや、動機はやましくても決して無駄ではありませんよ、間違いなく面白いんですから。
というわけで、このへんで次にいきましょう、次に。

ダメ押しは拳銃。これは、僕ひとりの思い込みともいえないこともないが、拳銃を持った二人の姿は全く違っているとはいうものの、凛とした芯の強さを感じさせる点は同じだ。たとえば、ギャングの襲撃を受けたV・I・ウォーショースキーが自衛のために38口径のスミス&ウェッソンを購入するあたりのプロットは概略こんな感じだ。
娘時代に自衛のために父親からコルト・ポリス・リボルバー45口径で射撃を習ったヴィクは、女性に向いたS&W38を手に入れた銃器店の試射場で、無意識のうちに身に沁みついたクラシックな警察官射撃スタイル(おそらく映画などでよく見る、両手で拳銃を握るあのスタイルでしょう)をとってしまう。そして、銃器店経営者のほんのちょっとした助言だけで、長い時間を超えて一瞬で標的を射抜いている彼女がそこにいた。
自分の身を守るためとはいえ拳銃を手にする彼女の姿に、ひるむことなく敵に対峙することを決意した彼女の固い意志があらわれて、思わず身の引き締まる思いがする瞬間です。
そこへいくと、コーデリアの場合はずいぶんとちがう。
バーニー・プライドが『ここの仕事はきみにのこして行く。すべての付属品を含む、何もかもだ。ありがとう、しあわせを祈る』と遺したすべての付属品のなかに38口径のセミ・オートマティックのピストルがあり、褒められるほどになるまで射撃の仕方も教えてくれたが、彼女にとって拳銃は最後に身を護る手段ではありながらもやはり扱いなれない怖いものであることをうかがわせる。

次回は、ちょっと無理やりの感がなくもないですが、どうせ僕個人の勝手な好みで選ばせていただくページです、拳銃つながりでいってみようかな、なんて思っています。

 


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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