『別れの顔』ロス・マクドナルド


原題“The Goodbye Look”どおりの邦題だが、どちらもいいタイトルだと思う。1969年発表だからロス・マクドナルド晩年に近い作品ですが、年譜をみるまではもっと早い、少なくても『ウィチャリー家の女』や『さむけ』前後に書かれたものだとばかり思っていた。出だしや背景は『ギャルトン事件』を思わせるものがありますが、物語は次第により複雑な展開をみせてゆく。

私立探偵リュウ・アーチャーが弁護士トラットウェルから依頼された調査は、ロス・アンゼルスの名家チャーマーズ家にあった金の小箱を捜してほしいというものだった。どうやらひとり息子ニックが持ち出したように思われた事件だったが、行方を追ってたどり着いたアーチャーが目にしたのは拳銃を手に錯乱したニックの姿と男の死体だった。チャーマーズ家とその弁護士トラットウェル、そしてチャーマーズ家の祖母とかつての銀行家ローリンソン家をめぐる複雑で錯綜した人間関係をときほぐすアーチャーの前に、ニックのもつ拳銃で三人が殺された忌まわしい過去が少しずつ姿をあらわしてくる。

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関係者それぞれがひたすら隠してきた意識をゆっくりと掘りおこすなかから、複雑に入り組んだ人間関係を丁寧にほぐしてゆく先に見えてくるのは、この作家の作品のいくつかに通奏低音のように横たわっている、見えない父親の姿です。その意味で、これもロス・マクドナルドがいだき続けたテーマに貫かれた作品のひとつです。
この作品には、アーチャーの生き方を端的にうかがい知ることができるシーンがいくつかあらわれる。たとえば、弁護士のひとり娘ベティとの会話はこうです。

 「私、秘密を全部さらけ出したわ。どうやって人に喋らせるの?」
「しゃべらせるわけじゃない。人は、自分の苦しみの原因を話したがるものなんだ。時には、苦しみを和らげる効果がある」

また、精神科医の妻モイラとの会話で、珍しくアーチャーは素直に本音を語る。

「人生には、それ自体の報酬があります」私が反撃した。「私は、人々の生活の中に入り込み、また出て行くのが好きなのです。一定の場所で一定の人間たちと生活するのに、退屈を覚えるのです」

これらの短い会話のなかに、真摯で孤独な私立探偵リュウ・アーチャーの核心があらわれています。ハメットのサム・スペードとも、チャンドラーのフィリップ・マーロウとも決定的に異なるひとりの私立探偵が静かな姿をあらわしています。ロス・マクドナルドの作品は一般にハードボイルドに属すると考えられていますが、それはたとえば左肩に拳銃痕を負いながらも事件の真相に近づいたアーチャーがみせる次のようなシーンに垣間見られるにすぎません。

「・・・・・台所に行き、冷凍ステーキを火にかけた。冷蔵庫の中のミルクの味を試し、まだわるくなっていないので残っているのを半分飲んだ。口直しにウィスキイを一杯飲みたかったが、飲むべきでないことは充分承知していた。(中略)・・・・・ステーキは、両側が茶色に焼け、中は赤いままでいた。皿にのせてナイフで突くと、赤い汁が出てきた。冷えるのを待って、手づかみで食べた。ミルクの残りを飲み干した。表の部屋の肘かけ椅子に戻って休んだ。生まれて初めて、年をとるということを、実感として感じた。」

この部分にしても、傷つき憔悴した自分を覚めた眼でみながらも、なお事実に迫ろうとする執念を秘めたひとりの探偵の姿がみえる静かな場面であり、いわゆるハードボイルド的な描写とは程遠いものです。
本作は、ロス・マクドナルドが描きたかった私立探偵リュウ・アーチャーの姿がようやくくっきりとした輪郭をみせたという意味ではやはり晩年に近づいた時期の作品であるといえそうです。
この機会に、先日録画した『動く標的』でも見直してみることにしようか。たしか、アーチャー役の若きポール・ニューマンがなかなかよかった印象がある。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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