『大穴』・『利腕』・『敵手』ディック・フランシス


突然の病気で、四十年ぶりに一週間ほど病院で過ごした。昼夜を問わない点滴のおかげで本当につらかったのは一日ちょっとにすぎず、あとは回復を待つだけという入院生活のなかで、ディック・フランシスの作品のうちシッド・ハレーが登場する何冊かを読み返してみた。
以下、 内容紹介のために梗概とわずかながら読後感を記しておくことにします。

このシリーズの主人公シッド・ハレーは、結婚を二日後に控えた若者(父)が少しでも収入を得ようと超過勤務で高所から落ちて死んだとき、婚約者だった母のお腹にシッドが宿っていたという不運な出生を背負っている。母の死後、十五歳で入ったニューマーケットの調教厩舎でイートン校出身のオーナーのもとで、競走馬の管理と騎乗だけでなく、生き方そのものを学ぶという幸運に恵まれた彼は障害騎手として頂点に昇りつめるが、レース中の事故が襲う。

『大穴』
障害レースの元チャンピオン騎手シッド・ハレーは、レースで片腕の自由を失ったために騎手生命を絶たれ、ラドナー探偵社で失意と惰性のうちに日々を過ごしていた。ある事件での軽率な判断から拳銃で腹部を撃たれたことを契機に自身のふがいなさに気づいた彼は、失いかけていた自己の誇りを賭けて競馬場乗っ取りを企む一味との闘いに身を投じていく。

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『利腕』
将来有望な明け三歳馬が、ある日を境にして次々とぶざまな負け方をしたうえにレース生命を絶たれていく。「見えないところで何かが行われている」。調査を依頼された片腕の調査員シッド・ハレーが、見えない敵の姿を求めていくなかから浮かび上がってきたのは、巨額の儲けを狙って巧妙な不正工作を仕組むブックメーカーの姿だった。しかし、冷酷さと凶暴さをあわせもつ犯人は、狙いたがわずシッド・ハレーの最大の弱点をついてきた。猟銃をハレーの右腕に突きつけて「手を引け。さもないと、残った右手は保証しない」。

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『敵手』
馬の脚が切断されるという残忍な事件が次々におこる。一匹狼の調査員シッド・ハレーは、被害者の一人で白血病を病む少女に犯人探しを依頼される。やがて容疑者として浮かんだのは、ジョッキー時代の好敵手で今は国民的タレントの親友エリスだった。シッドは彼を告発するが、逆にエリスを擁護するマスコミから執拗な攻撃にさらされることになる。

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残った右腕に銃をつきつけられる冷酷な脅し。「リバプールの貧民街に住む二十歳の窓掃除人夫の男と十九歳の女工との間に生まれた私生児」という悪意と中傷に満ちた屈辱的な記事。孤立と逆風のなかで、シッド・ハレーの胸に小さな火がつく。「絶対に失ってはいけないものがある。それは自身のプライドだ」。つらい葛藤のすえ、静かに顔をあげて闘いを決意する男の矜持が抑制のきいた文体で描き出されています。
一方で、そんなハレーの強さに別れた妻ジェニイは今まで決して口にしなかった本音をさらけ出す。

「わたしには、もっと自制、自律のゆるやかな夫が必要なの。感情を表わすのを恐れない人、自分を束縛しない人、もっと弱い人が。(中略)わたしは、時には弱さをさらけ出す男が欲しいの。ごく普通の男が。(中略)
それが判るようになるのに、わたしはずいぶん時間がかかったわ。そして、それをいうのに。」

二人の人生のいき違いを初めて吐露することによって、夫婦ではなく友人としてお互いを見ることのできる関係にまで修復される場面ですが、男であれ女であれ、ひとが自身の信念にしたがって生きていくのはナカナカむずかしいものです。
シッド・ハレーが唯一人心を開ける相手であるジェニイの父チャールズとの関係は、言ってみれば年齢を超えた毅然とした友情といっていいものだが、このあたりの人間の描き方には英国がもっていてアメリカやそのほかの国が絶対にもちえない空気がある。

シッド・ハレーが主人公の作品はもう一作『再起』があります。ただ、正直それを読み通すには少し疲れすぎてしまった。


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atmos-nwp の紹介

主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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