『ロウソクのために一シリングを』 ジョセフィン・テイ


変化球を投げてみます。球種はスローカーブといったところでしょうか。
ジョセフィン・テイといえば言うまでなく『時の娘』ですが、これまで何度となく読みかけてはあえなく中途で挫折してきた経緯があります。緻密で高級な(?)推理ものは苦手なんですね。同じ安楽椅子探偵ものでも『ママは何でも知っている』や『九マイルは遠すぎる』なんかは面白く読めたんですが・・・・。そこで、正面攻撃がダメなら側面から行ってみようか、というわけです。

鄙びた英国の海岸に女の溺死体がうちあげられた。まもなく身元は高名な映画女優のクリスティーン・クレイと判明し、彼女の別荘に滞在していた文無しの青年ティズダルが容疑者として浮上する。貧しい女工から知らぬ人もないほどの有名な女優に昇りつめた彼女の遺言書には、つい先日まで見ず知らずの一青年にすぎなかったティズダルにとほうもない額の遺産を残す一方で、長年行方知れずの「兄、ハーバートにロウソクのために一シリングを」という奇妙で痛烈な憎しみを込めた一文が書かれていた。彼女をとりまく女優たちのサロンをはじめ、ロンドン警視庁のグラント警部は疲れを知らぬ捜査を進めていく。

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本書は『時の娘』に先立つこと15年、グラント警部をはじめとする面々が登場する1936年の作品ですが、1920~30年代というのは海外ミステリーの歴史では黄金期といわれています。なにしろ、クリスティが『アクロイド殺人事件』、『オリエント急行殺人事件』、『そして誰もいなくなった』を発表し、1920年に『樽』でデビューしたクロフツが『英仏海峡の謎』や『クロイドン初12時30分』に代表されるフレンチ警部シリーズを立て続けに発表したにとどまらず、海を越えたアメリカではエラリイ・クイーン(バーナビイ・ロス)のXYZの悲劇や国名シリーズが刊行されるなど、まさに英米ミステリーが絢爛と華開いていた時代です。

買った時期は忘れましたが、きっかけはハッキリと憶えています。『ロウソクのために一シリングを』というタイトルに惹かれたのがその理由です。一見、貧しい貯えのなかからなけなしの一シリングを寄付するような慈愛に満ちたオチが待っている物語かと想像しますが、実際はとんでもない、憎しみの物語です。とはいえ、黄金期の作品にたがわず暗さは感じさせず、何かゆったりとした雰囲気で華やかさをも感じさせる作品に仕上がっています。しかも、夢見る若い女性を引き込むようなロマンスも織り込まれて、初々しさと若々しさがみられるあたりは初期のクリスティにも共通しているように思われます。
奥付は2001年7月15日発行となっていますから、買ったのはそんなに昔のことではありません。それもそのはず、巻末の注によれば<ミステリマガジン>2000年6月~10月号に掲載されたものだそうです。だとすれば、『時の娘』で世のミステリーファンに知られるテイの作品にして、それ以前には未翻訳だったということでしょうか。ところで、巻末解説はいま最も多忙をきわめる作家のひとり、宮部みゆき氏が書かれていますが、場違いを承知で述べさせてもらえばこの作家の資質と文体が最も発揮されているのは、『火車』を例外とすれば比較的初期の時代小説なのではないか、というのが個人的な感想です。

さて、思いきってエイッと投げたスローカーブですが、どうもバッターボックスはるか手前で失速した感じになってしまった。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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