『ゼロ時間へ』 アガサ・クリスティー


『ソルトクリークの方へ』というタイトルで、福永武彦が本書にまつわるエッセイをEQMM(エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン)に書いたのは昭和三十三年だから、もう六十年近くも前のことだ。
ソルトクリークというのは、本書の舞台になった英国の辺鄙だけれど風光明媚な海沿いの地です。この物語は、長年ソルトクリークに館を構えるトレシリアン夫人のもとに集まった人々と、そこにおきたふたつの殺人事件が主題です。しかし、物語の幕が切って落とされるのはずっと前のこと、クリスティは次のように物語を書き始めます。

「その部屋には、たったひとりの人間しかいなかった。そして物音といえば、その人間が紙の上を一行ずつ書いてゆくペンの走る音だけだった。紙の上に描かれていく言葉を読んでいるものは誰もいない。もしいたら、われとわが眼をうたぐったにちがいない。なぜなら、書かれていくものは、最新の注意をはらって綿密に作られた殺人計画だったから。(中略)
よし、準備完了だ(略)

だが、まだ一つ足りないものがある・・・・・。
微笑を浮かべたまま、その人間は日付を書き入れた---九月のある日だった。」

そして、この物語はその九月のある日、「ゼロ時間」にむかって進んでゆくのです。

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九月のある日、ガルス・ポイントにやってきたのは、トレシリアン夫人の今はない夫マシュー卿の遠縁にあたるネヴィル・ストレンジと彼のふたりの夫人だった。一流のテニスプレーヤーでありゴルフ、水泳、登山と何でもこなす万能スポーツマン、ネヴィルの元夫人オードリイと現在の妻ケイだ。彼らを主軸にして、残された遺産のゆくえを縦糸に、そして愛と憎しみを横糸にして、この館にゆかりのある人々や友人をめぐる物語が展開してゆく。

そして、その九月のある日、「ゼロ時間」がやってくる。
海外ミステリーにはよくありがちなことだが、最初の数十ページは登場人物のイメージがこんがらかってしまって最初の部分を見返したりするものですが、さすがにクリスティは登場人物それぞれの輪郭をくっきりと描き出していてヘタなわかりにくさといったものがない。殺人が実行される「ゼロ時間」にむかって進められる物語は新鮮な構成で、1944年発表と聞いても決して古さを感じません。また、この物語の探偵役バトル警視は『ひらいたトランプ』で一緒になったポワロの印象が忘れられないらしく、こんなときポワロならどう推理するだろうかなどと考えたりもして、エピソードにもこと欠きません。謎解きの最後は、バトル警視の鮮やかな活躍というよりはいくらか強引ともいえなくもない方法で真犯人が名指しされることになるということで、いささか拍子抜けの感は否めませんが、お約束のロマンスに満ちた幸福な結末もあってサービス上々の読み物に仕上がっています。


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主に50~80年代の海外ミステリーの紹介を兼ねて読後感を綴っています。本格、倒叙、ハード ボイルド、冒険、スパイ、安楽椅子、ユーモア系等ジャンルは問わず読み散らかしてきました。ときには散歩の道をそれて50~70年代のモダンジャズやスキー、バラ園芸にもふれています。HP「気象と気候値のページ」も運営していますので、興味のある方は一番上のタイトルの下にある<気象と気候値のページへ>をクリックして是非お立ち寄り下さい。
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