残念で、そして哀しかったこと


真空管オーディオを趣味とするうえで、ネットオークションは欠かせない部品供給の場だ。そんな事情から定期的にオークションの真空管やトランスなどをチェックしている。また、官公庁オークションもたまにとんでもなく魅力的な管球アンプやスピーカーが出品されることがあって目を離せないのだが、例外なく相応の値で落とされるのでいわゆる掘り出し物の感はない。

ここ半年ほどのこと、何回かの官公庁オークションを眺めていてとても気にかかることがあった。
それは何かというと、ある地方都市から数回に分けてかなり大量のレコードが出品されていることだった。官公庁オークションというのは、主に破産整理者や税金滞納者からの差し押さえ品が出品される場だから、それらのレコードはまず間違いなく個人の税金滞納者からの差し押さえ品とみていい。あるいは、シロウト考えにすぎないが故人の相続税相当品ということもあるかもしれない。
先日も何の気なしに音楽カテゴリーを眺めていると、○○市から大量のLPレコードが出品されていた。それらの多くはジャズアルバムなのだが、クラシックやロック、ポップスなども少し入っている。ジャズレコードのほとんどはいわゆる名盤といわれるものや、愛好者なら決してはずさない定番のアルバムで占められていて、5、6割は僕のもつレコードとオーバーラップするほどだったから、おそらくはディープではないにしろ僕なんかよりも一歩踏み込んだジャズ愛好者だったように思われた。
ズラッと並んだアルバムタイトルを見ていると、つい

アンタもこのLPもってたの、A面二曲目の○△◆いい曲だよネ。

なんていう錯覚に陥ってしまいそうなほどだ。

一方、クラシックアルバムのタイトルをみると、こちらもクラシックに疎い僕でも憶えのある名盤揃いで、しかもそれぞれの曲の名演とされている選りすぐりの演奏者によるアルバムが多く、いわゆるクラシックマニアではないが決してツボは外さない趣味のよさがうかがえる。そのほかにも、たとえばアマリア・ロドリゲスや高橋竹山、武満=小澤のノヴェンバー・ステップスであるとか、ジャンルを超えて名を馳せたアルバムもあって、しかもそれら何枚かのジャケット裏には
「197*年**月**日○○○***レコード店にて求む」
といった記載があり、○○○は高田馬場であったり、江戸川橋であったり、目白であったりしている。
つまり、これらのオークション出品レコードからは1970年代に東京の早稲田界隈で学生生活、あるいはサラリーマン時代を過ごし、砂漠で乾いた喉を潤すようにジャズをはじめとする当時の音楽を求め、愛したひとりの青年の姿がくっきりと浮かんでくるのであった。僕とはおそらく数年ほど年のずれがあると思われるし、さらに場所も東京と一地方都市と異なるとはいえ、ほぼ同じ時代の空気を吸ってきた人が残したレコードコレクションに出会ったことにうれしさと感じるとともに、何らかのやむをえない事情でこれらのコレクションを手放さなければならなかったかつての持ち主を想うと、やるせなさと哀しみを止められなかった。

以前にも、◇◇市から主に女性ジャズヴォーカルのLPレコードが大量に出品されたことがあって僕はそのなかから1枚求めたことがあった。このときもジャケット裏に万年筆で「**年**月**日○○にて」と記されていたが、年代的に僕よりだいぶ上の方のコレクションだったと推測されたこともあってそんなに感慨にひたるようなことはなかったのだが、今回は間違いなくほぼ同世代と思われる方のコレクションだっただけに何か屍をあさるに等しいような後ろめたさとともにうれしさや哀しさがいっしょくたになった複雑な思いを抱きながらネットオークションを閉じたのだった。


カテゴリー: オーディオのことなど, モダンジャズ | コメントする